開業歯科医の想い
ー 片山恒夫論文集 ー
より掲載
歯だけの問題ではなく、心も身体も健康で、人間として生き、
価値あるすばらしい人生を送っていただくことが、
歯科医師の願いです。(愛媛県歯利熹師会発刊「歯科予防読本」から引用)
歯だけの問題ととらえたのでは歯は良くならない。
歯は健康の窓であり、しるしであり、入り口である。
と同時に健康の前ぶれであり、また総決算書でもあるからである。
口腔諸機能の健康獲得が、多くの健康運動の出発点であり、また健康保持のゴールでもある。
歯科医の生甲斐は、患者の感謝と信頼のなかにある
歯科医学の進歩は、まさに日進月歩とめまぐるしく、早い。
われわれ専門職の責任から、新進の学術を身につけなければと、まことに忙しい。
どの職業の人も同様に忙しく、他の職域の進歩、変革を理解している暇などない。
そのような二人が、主治医と患者として出会った時、両者の知識には大きな開きがあるのが当然だ。
わかっていながら両者ともに、十分信用してかかる気は薄れている。
とすると新進の治療術式は、不理解、疑惑の目で迎えられれば、その効果は十分に現れない。
信用されようと好感を与えるのに腐心し、機械設備を飾り、巧妙に説明したとて、かえって用心される。
その上、結果が不味ければ一層悪い。
具合よく長もちさせる鍵は、まず病因としての口腔不潔が改善されたか、どうかにかかる。
治療中もその後も、依然、病因が残存すれば、結果は当然悪い。
不信は現実化し、固定する。
栄養指導を柱とした歯科治療
Weston A. Price著
『Nutrition and PhysicaI Degeneration』を訳して編集部
片山先生には十数年前から、歯界展望その他、わが社の依頼に論文をお寄せいただいていますが、そのどの一つにも“予防を第一義とした臨床の考え方と実践”が盛り込まれていたと思います。
また、口腔衛生学会でのブラッシングの齲蝕予防効果のご発表、歯周病学会でのブラッシングの治療効果、特に後者の特別講演“メインテナンスについては、治療後の良結果をどのように保持してゆくのか-それは治療前、治療中においては療養指導であり、治療後は再発防止、つまり治療中に身につけた日常生活の習慣的ブラッシング励行の暮し方が再発を防止し、進んで健全な残存諸組織の発症、初発の予防となると。このような考え方は現在広く支持され、一般化されてきたと思います。
また、先生が40年前の開業当初から部分被覆冠を頑固に守り続けておられることも、修復処置からのペリ才の誘発を予防するという歯周疾患予防の姿勢なのだと思われよすが、そういったお考えなりご発表は、治療術式もさることながら、治療後非常に長年月を経た時間の保証のある多数の症例によって裏づけられているものと思います。
今回は口腔疾患の初発を予防し、再発防止を確実にする予防方法の中でポジティブなといいますか、歯自体を真の健康に導いてゆくというか、口腔疾患に完全な免疫性をもった身体につくりあげるそういう積極的な方法として、生活自体の改善の中で直接的な、食生活の改善に関係する体的な予防方法について取り上げてみたいと企画したわけです。
最近 Weston A.Pirce 著『Nutrition and Physica1 Degeneration』という本を完訳なされ、近く『食生活と身体の退化』という日本話題で自費出版されると耳にしました。食生活が歯科とどのように関連しているのかの根源的な考察と、その対策を述べた500頁をこえる本であるとのことですが、この栄養問題を特に日常臨床の中でどのように考え、どのように取り入れていらっしゃるかをお伺いしたいのです。
23万キロに及ぶ調査旅行
まず最初に著者についてお話し願えませんか。片山 著者のW.A.Pirce博士については、『The National Cyclopedia of American Biography』によりますと、1870年カナダ、オンタリオ州の農場主の家に生まれ、後にアメリカ市民権を取り、歯科開業医としての一生を送っています。没年は1948年です。
歯科X線や充填物の開発などに業績をあげ、また口腔疾患の治療、予防にはどうしても、健康な歯牙口腔を積極的に導き出す方策をみつけ出さねばならない。そのためには、現に完全な健康状態を維持している人達、部族、種族を探し出し、そのよってきたる諸条件、特に食生活を調べること。
また諸部族が近代文明に接し、文明食を摂るようになるとどのように弱体化、悪化した状態になるかを調べることこそが適切な方法と考え、つまり予防には適正な食習慣の確立が不可欠であるとして、正しい栄養のバランスと食習慣のあり方を探求するための、歯科領域では前人未踏の人類学的なフィールド・ワークを行っています。
北極圏、アフリカ大陸、南米など世界各地の14の未開種族の食習慣と口腔の実態を記録しつつ、23万キロの調査旅行での間、収集、整理された3,000枚の写真などがこの本の基礎になっているわけです。その他の著作には、歯科領域のおよ200篇の論文とDental infedions, Oral and Systemic』、『Dental Infedions and the Degenerative Diseases』(1923)の2巻があり、アメリカ各学会から多くの賞を得ています。 またメソジスト信徒として、社会活動にも力を惜しまなかった人といわれています。
食習慣の差異による身体的影響
編集部 次に本の内容についてお願いします。
片山 先に申しましたように、弱くできた歯や不正に形づくられた顎型、歯列をどうして口腔諸疾患から守ってゆくかという予防方策にしても、未然に健康な口腔諸組織を導き出す方策であるような“積極的な方策”を打ち出すことこそ、予防の究極的あり方であるという考え方を基礎として論を進めています。
未開種族の生活実態をドキュメントし、食生活をこまごまと調査記録し、口腔診査を行い、それらの部族が交易の結果どのように食生活が乱れ、どのように身体的影響を及ぼしたか。特に齲蝕の多発と子供の顎のディフォミティー、歯列不正が著名に現れているかを写真で示し、齲蝕羅患率はすべての場合、60、70倍から300倍にも変化していること、顎に及ぼす影響も顕著で、決定的なものだと述べています。それだけでなく、それらの食事内容の変化を家畜に実験し、同様な変化、あるいは人にみられない恐ろしい変形などを述べています。
さらに、それらの変化は遺伝ではないということ、つまりその上うな奇形の家畜を、元の正常な食餌に戻した場合、すべて正常な子供が生まれることまでも調べていますし、また食物のどの上うな要素によるものかも調べています。
そしてまた、太平洋戦争終戦の頃のアメリカの状態を、合衆国上院の発表を引用して述べています。 これには全く仰天したのですが、たとえば妊娠した100人のうち25人が死産であること。その死産の内容がまた恐ろしい状態で、15例が驚くような奇形児であるということ、そして75人の出生児のうち28人が15〜16歳までに退化病がもとで廃疾者になっているということ、結局男23人女23人が正常で残されるだけである。その23人の男子も約半数が兵役に耐えないような弱体であることです。
また、アメリカ24州の調査によれは、住民の3人に1人がなんらかの社会的管理を必要とする者であるということです。公けにされた確かな図書によるアメリカの状態として、人間という自然に対し、アメリカ文化がどんなに恐ろしい破壊をもたらしているか。それを初めて目にして恐ろしく頽廃的な状態であると驚いているわけです。
編集部 日本も最近の種々の情報から、次第に似たような状態になってくるのではないかと思われよすね。
片山 この厖大なフィールド・ワークから引き出された結論は、食習慣、食餌内容が歯科に開しては歯と歯列を悪くする主因であるということです。そしてまた、これらは完全に予防しうるということです。 この結論が実に広範なフィールド・ワークと周到な実験によって立証されている点に、比類のない説得力があるんですね。
アメリカにおける刊行当時の各誌紙の反響を拾ってみても、内容を窺い知ることができると思います。 JADAの書評をあげと、「歯科文献の分野で近年、公けにされた最も卓越した書物の一つ。 この書は未開人集団と近代化の波を受けた同種族集団との、食習慣の間に生じる差異の身体的影響を明らかにするもの・・・、歯科医たる者すべての必読書といわねばならない。」
とか、また、ボストンの科学図書クラブ年報には、「かくも個性豊かなさまざまの文明について、読むことができとは、実にわくわくするほど魅惑的な経験である。そしてどの文明も、独自の食習慣と身体的特徴という伝承、伝統に枠づけられておりながら、しかもそのおのおのが否定しがたい同一の結論を示している。すなわち現代文明の影響を受けたとたんに、たちまち純血の同一部族内において、顔の骨格と歯列弓に変化が起こることである。われわれが≪遺伝的≫と解釈してきた変化、ないし劣悪化は、遺伝が≪干渉により混乱せしめられた≫結果であることを、本書は白日の下に引き出したのである。
その他、ニューズ・ウィーク誌、ピッツバーグ・クリエ誌も「文明食といわれる商業産品としての食品、簡便かつ調理された加工食品使用の害が、人類の退化にどのように現れるのかを明らかにしたもの」と絶賛するなど、いちいち申し上げられないほどで、少なくアメリカではすでに古典といっていいほどの位置を占めています。
編集部 紀元前20世紀のインダス文明をさぐり、モヘンジョダロの遺跡を発掘した高名な考古学者モーティマ一・ウィーラー博士は、「かくも盛んであった都市文明が衰退したのは、自然破壊を過度に進めたからである」と結論しましたが、Price博士もまた、世界各地の未開人種族の歯と食べ方のフィールド・ワークを通じて、文明化された食習慣が人間の生命体という自然を破壊させつつあると警告した先駆的医哲人といえますね。Price博士の業績との出会い
そこで、開業歯科医である片山先生ご自身はどうお考えになり、実際に活動なさっておられたかお話いただけませんか。
片山 私は学生時代、歯科医としてのあり方なり生き方について悩んでいたのですが、いろいろな出来事にぶつかり、最終的に、むし歯をなくす歯科医になりたいと考えたわけです。それにはまず、むし歯を増やす歯科医であってはならない。歯科医として行った治療が、よりいっそう悪化させるようなものであってはならないと決心して卒業しました。世界経済恐慌後の不況のどん底の昭和8年でした。卒後10年戦争が次第に苛烈になり、私自身はといえば学校歯科医として、実のある予防活動をしたいと必死だったわけです。そうこうするうちに終戦になり、そこでこれからの歯科を考えたときに、やはり予防が第一であると。口腔衛生を前面に打ち出した歯科臨床の確立に懸命でした。
昭和23年に、ある人の要請で夜間診療に切り換え、保健所活動に入るようになりました。当時の活動は、妊産婦健康指導の中で口腔疾患予防を進めようとスタートしたわけです。
編集部 その妊産婦指導はどういう形で行われていたのですか。
片山 一般医、歯科医、栄養士がおのおのの立場から健康指導をする。歯科は、口腔の健康を中心に具体的な問題にまでふれていくという形です。
片山 当時は歯科と栄養という問題についてまとまったテキストなどなかったし、どこの学校にも口腔衛生学の教室はなかった。だから学校で修めた知識、ノート、参考書を総合して基礎にしたわけです。昭和23年に期せずして2冊の重要な図書が発刊されました。その1つは阪大医学部病理学教授の片瀬 淡先生の『カルシウムの医学』です。
その中には歯牙組織の発生の生理と病理とともに、齲蝕の原因と予防対策がカルシウムの問題、砂糖摂取量の関係としてまとめられていました。
もう1つはマッカラムの『栄養新説』の再版です。その本には「食物と歯」という章が設けられており、そこで、Pirce博士の北米インディアンと原始エスキモーの調査結果を引用して、栄養と食べ物、食生活と口腔疾患は直接的関連があると述べている。それらを種本として栄養指導をしていたのです。編集部 それがPirce博士の仕事との出会いみたいなものですね。
片山 そうです。 しかし当時は外国の本など到底人手できませんし、当てもなかったので、その業績の全貌にふれることもなく過ぎてしまった。
ところが8年ほど前に、ルネ・デュボス教授の『人間と適応一生物学と医療ー』が出版され目を通してみますと、第VI章「栄養と感染」の中で栄養とむし歯について書かれてあり、そこでもPirce博士の業績が引用されている。
そしてまた、昭和48年8月の『Modern Medicine』の医事随想の欄に彼の本の紹介文をみつけたのです。 ここではPirce博士の研究が実に要領よく述べられており、今度こそは読んでみたくなりました。
食生活と退化病
編集部 通読されての読後感は・・・。
片山 前にも話しましたが、一番ショックだったのはアメリカの障害児の出生のありさまです。
第二は、食生活のまちがいが歯列不正、咬合異常の主たる原因であることの証明と、その要因・要素の分析証明です。それだけでなく、Pirce博士の考えて書こうとした内容は身体の退化であって、それが一番外見的に現れやすいのが歯と顎である、というように捉えている。
身体全体の退化が、知能ならびに生活全般の行動にかかわるものであるとしている。 したがって、顎・歯列の不正の予防、歯牙の齲蝕に対する予防は、ただそのことだけの予防ではなく、身体の退化そのものの防止・予防である。また近代的な農業生産過程は、地力の疲弊を招き、植生を障害し、動物の生命、存続すらを危うくする。そのような生のエコロジーに正しさを求めることによって、食品の健全化を確保し、正しい食生活に戻ることによって口腔疾患の予防も達成できるという捉え方で、一日も早くこのことの達成、成就に努力することこそが、マックス・ウェーバーなどのいうコーリングとしての歯科医のモラルだと考えているように思われます。
ここに述べられている近代食の口腔諸組織へ及ぼす影響を含めて、アメリカの退化病の現状と日本の現況、なぜこんなにも悪くなりつつあるのかを考えあわせ、われわれの食生活の変化のなかに、その原因があると見直してもらうことができれば、未然に悪化を防ぐこともできるし、また好転させることもできる。今こそ手遅れにならないうちに・・・。その努力こそ開業医の使命職としてのあ
り方とね。
編集部 ある物事ないし出来事との出会いというのは、その人にとって大きな意味があると思うんです。その人の一生を支配してしまう可能性を秘めているというか。ただそこで考えられるのは、なにに出会うのかは、その人がすでに獲得しているものによって決定されてしまう面が多分にあると思うんです。そういう意味ではPirce博士の述べられている内容を、先生はすでに確信されていた、ないしは実際の臨床に取り込まれていたと思うのですがいかがでしょうか。片山 そういえるかもしれませんね。 とにかく開業臨床に予防をどう生かしていくのかが、わたくしの学生時代からの命題だったわけですから。
全身的な問題をどうするか
編集部 その具体的な展開をお話し願えませんか。
片山 まず第一に、歯科医の治療が結果として悪い方向に向けてはならないということです。 これは文字通りの予防にはつながりませんが、やはり根底にはなくてはならない。たとえば、歯周病を誘発する上うな修復物を造ることなど、予防の観点からみると話にならない。その上うな治療をしながら予防をロにするなんてナンセンスですものね。
編集部 そういうことになりますね。
片山 ですから、予防の第一歩は病気を誘発するような治療を一切避けることです。私は開業当初、40年前からインレー、アンレー、部分被覆冠で、バンド金冠は1度もやらない。現在は当り前みたいに思われますが、当時は大変なことだったんです。
編集部 予防的治療とでもいうんでしょうか。では実際にそういう概念を日常臨床にどう結びつけていけばよいのか・・・。
片山 これはあくまでも治療、修復処置の再発予防・メインテナンスなんですね。それに加えて健康を回復していく根本的な対処、つまり抵抗力を上げる。免疫性を高める。こういう面にも努力しなければならないと思っていました。
編集部 そこで考えられますことは・・・。
片山 局所的な問題はブラッシングですね。そこで開業当初40年前からブラッシングを徹底的にやりだした。それには1つの、ショッキングな、そしてエポック・メーキングな症例に出くわしたからなんです。
簡単に申しますが、30歳前の婦人で看護婦の資格をもった人でした。慢性の歯齦炎、辺縁性歯周炎で当時歯槽膿漏根治手術といわれていたノイマンの手術を受けました。昭和11年のことです。主治医は日本の権威者といわれる方でした。 1週間の入院手術の後、退院し、通院加療中のちょうど1週間目でした。冷温に対する知覚過敏、歯齦部腫脹、歯牙動揺などのため咀嚼不能、摂食不全の
ため、開業2年目の駈出し歯科医であった私のところへ転医してみえました。
その時の私は全くのお手あげ、狼狽の状態はお察しいただけると思います、2日2晩ほど調べるだけ調べ、考えるだけ考えた結果は、原因である歯垢の可及的、無刺激的な除去でした。その結果、数日で劇的な好転がみられ、患者さんに心から感謝されました。
当時の歯槽膿漏の根治手術に対して、前にも申しました片瀬教授の『カルシウムの医学』に次のような記述があります。
「某大学の歯科学教授は、患部病的組織の掻爬手術により根治可能なるを唱導し盛んに施術したものだが、失敗せるものと見え、近頃では根治療法の根の学もロにしなくなった。著者は若年時の偏食贅食により虚弱体質となり、特に齲蝕の多発に苦しみ、三十二、三才頃左側上顎において歯牙が動揺し、歯周より膿汁を漏し、正に歯槽膿漏に罹患していたが、カルシウム服用を始めると、何時か知らぬ間に根治しているのを経験した。されば、カルシウムの適量摂取による正常アルカロージス化を計ることこそ歯槽膿漏の根本治療と言わねばならぬ」(353頁)
このような状況のなかで、全身的な問題はどうするか。効果は即効的ではないが、必ずそうい点が必要だということから、栄養問題、歯科臨床の中で食生活を正しくする方向が出くるわけです。
時代の反映としての食
編集部 全身的な回復要因を見逃すことによって、どういう不都合が考えられよすか。
片山 治療成績および再発防止、メインテナンス、予防に大きくかかわると信じていました。「医」の原則的問題だとね。
治療を始める場合に、まず第一に噛めない原因をなくする。つまり痛みをできるだけ早く、完全になくす。そしてその日からでも平常の食事ができるように処置する。具体的にいえば、咬合圧に対して痛みを感じないような状態に回復する。そのためには暫間固定、暫間修復、暫間義歯が必要であるということです。ちょうどその時期に合成樹脂が歯科に取り入れられたので、これで暫間固
定、暫間義歯をつくることに専念したわけです。そしてその日から、あるいはあくる日から正常な摂食状態に戻すことによって栄養を回復し、栄養を以前より正しく供給するという治療の原則、原因除去、安静、栄養補正の具体的な取り入れ方を実行に移したわけです。
また一方では、よく噛める義歯をつくってあげて、患者は食べることに楽しみをもてるようになった。あれもこれも食べられるようになって、結果として食べ過ぎるということになると、義歯をつくって患者の寿命を縮めたということになりませんか。
編集部 考えられよすね。
片山 とにかく食べ過ぎはいけません。 これは現代病の1つですね。そこで患者に食の意味を理解してもらう。これも栄養指導、食生活指導に重要なことだと思うんです。
去年の公衆衛生学会(53.10.18)で、私がご厄介になった阪大医学部公衆衛生学教室の現教授、朝倉先生が、わが国に特殊にみられる40〜44歳の男子の死亡曲線の高い原因の1つは、精神的ストレスとアルコールの多飲を含めて過食の害にあると発表されていますように、運動不足での過食は恐ろしい弊害をもたらすことはいうまでもないと思います。
編集部 つまり治療においては、回復力の補強とメインテナンスですね。
片山 そうです。食生活指導が修復処置・補綴のメインテナンスにも大きな意味をもっているということなんです。その個人全体の健康のメインテナンス、これがわれわれ歯科医としての任務だという認識を、具体的な活動に表現することです。
編集部 これは質問になっているかどうかわからないのですが、人間にとっての正しい食事というか栄養というか、それは時代を超えて一律なものなのでしょうか。といいますのは、Pirce博士の時代、先生が保健所で妊産婦指導にあたられた時代、それと現代では、当然指導に差があると思うのですが。
片山 食料事情は様々な原因で変る。たとえば10年前には、インスタント食品はそれほど日常的なものではなかった。 しかし現在は家庭でかなりの部分を占めるようになっている。特に青少年層、学生の増加と未婚、単身就職生活時代の延長などのためインスタント食品生活は多いでしょうね。
ですから現在は、缶詰とかインスタント食品に頼る食生活の是正を指導のおもな柱の1つに据えなければならないでしょう。 しかし終戦直後などの極端な窮乏時代には、妊産婦指導に対してはまず、できるだけ、“胎児と2人分だから多く食べなさい”というような指導になる。そういう意味で、時代とその人に見合った的確な指導でなければ効果は期待できないと思います。
編集部 局所的な指導だけでは、結局人間そのものをだめにしてしまうかもしれない。変ないい方かもしれませんが、時代の風潮を許すことによって人間を滅ぼしてしまう。そういうこわさですね。
片山 少なくともブラッシングだけで歯を守るのではなく、本当の予防はまずしっかりした体をつくることからと認識すべきでしょうね。
編集部 食生活が人間をだめにしてしまう。食にはそういうこわさもあるし、また効果的に作用すれば素晴らしい結果かも生むという・・・。
片山 それが根本だということですね。そこにわれわれ歯科医は目を向けなければならない。体をだめにして歯もだめになった者が、はたして歯だけを守るためにブラッシングをするかということなんです。ブラッシングの限界
編集部 これまでおうかがいしたところで、歯科における栄養の位置づけが大分はっきりしました。今のところ、そういう位置づけで臨床に当たられている方は少ないと思いますが、これからの歯科の問題としてどう展開されていくのがいいんでしょうか。
片山 歯科に要請されている社会的位置を認識して貰えばおのずから解答が出てくると思います。つまり、歯科こそは食生活を満足なものに回復する“生の”、“人類存続の”治療ないし予防における創造的な位置に存在するというフィロソフィーに立つことだと思いますよ。
編集部 現在、歯科大学を増やし歯科医の増産が行われていますが、これは数に対して数という論理で、いってみれば治療指向・・・。
片山 ところが健康保持については、大勢として、治療だけではなく予防に向いてきている。ブラッシングで再発が防止され、あるいは初発までもが防止、予防されたとすると、それだけ歯科医が余ってくるわけです。
編集部 問題は別かもしれませんが、最近あちこちで適正配置が話題になっていますね。
片山 それは歯科疾患の減少、即収入の減少と考えてのことでしょうが、どのくらい減少すると考えてのことか私は詳しく知りません。ただ、私は私のやった仕事の成績をもって、その予防効果を40%前後と発表しています。わが国での納得できるデータをそれ以外もちませんので、今でも齲蝕予防に対しては40%程度、歯周疾患に対しては80ないし90%と考えてます。もしこれがフルに活用されたなら、その程度には減ると思います。
しかし私はさらに、ブラッシングによる予防効果を引き下げ、あるいは引き上げていく要因に食物があると考えています。その食物の性状は局所的に全身的に作用する。これが完璧であれば口腔の予防は100%できる。ブラッシングなどは不要ともいえます。そのことは原始エスキモー、北米インディアン、オーストラリアのアボリジニーズなどの状態からPirce博士が明らかにこの本に示され
ています。
全身的な退化病といわれるような状態は、口腔疾患に対する抵抗力、免疫性を弱めるもので、したがって局所的なブラッシング効果も引き下げられてしまうと考えられるのです。だから、われわれが適正なブラッシングの励行に努めたとしても、その効果は薄く、期待は裏切られるし、身体は少しもよくならないということになれば、メインテナンスのためにもなんらかの方法が講ぜられなければならない。ブラッシングである程度のことは可能だとしても、身体の退化を防ぎ、抵抗力、免疫性を回復し、増強する方策はとられていないのです。
歯科こそが日本を・・・
編集部 ではその仕事を誰が引き受けるのですか。
片山 とにかく子供の脊椎は曲っているし、骨は折れやすい。体の退化を示すコレステロール値の上昇、糖尿病の増加等々と繰り返し報道されている。それらの一般的、先駆的、象徴的な現れが歯列弓の狭小化、歯列不正、齲蝕の多発であるとすれば、治療効果とそのメインテナンスは期待がもてない。
それだけでなく、身体の退化とともに思考と行動までも影響を受けている。甘ったれ、落ちこぼれ、少年非行、ここまで考えを進めると適正なブラッシングの励行もおぼつかない。このような退化病、これは表題の示す通りこの本の述べようとする大きな柱です。そして退化病と思考と行動、また地力の問題と農業生産、特にその質について、そのような食のエコロジーと平和の問題について、ミズーリー大学のアルブレヒト教授とともに論じています。それはさておき、現状の歯科の医療に対する不信の根元を「発症→治療→悪化」の循環と捉えると、この悪循環を断ち切り、これ以上の悪化を防止する根本的な建て直しの策がどうしても望まれますよね。
編集部 とはいえ、どこから手をつけるかという問題になると・・・。
片山 環境、特に食物に関して対策を講ずることがら始めるべきだと思います。 となると歯科医が最も直接的に関与しやすいんです。いま歯科医は盛んに甘いものを止めようといってますよね。これは歯科だけじゃないですか。小児科、産科の先生が指導していますか。あるいは糖尿病の食事指導などにしても、内科の先生あるいは病院で、はっきりした形で行われているかどうか。ごくわずかの食生活指導をしているにすぎないんです。たとえば大病院でも家庭で患者の身につくまで本格的に指導しているところは、関西でも二、三を数える程度なのです。そういう点から考えて歯科医はどうなのか。歯科医は老若男女、すべての人に接し、すべての機会に食事指導ができるんです。食べるということに直接かかわりをもつ歯科医が、そういう食生活の指導という任務を受けもつことは非常に合目的的であるし、やりやすい形だと思うんです。また、そうあってこそ初めて直接的な歯科の治療、すなわち修復処置・補綴処置などすべての処置のメインテナンスを完全ならしめ、予防を達成することができる道だと思います。
編集部 歯科医こそは食べ物を通しての健康づくりの担い手である、またあるべきだとおっしゃるわけですね。
片山 今後の歯科の任務として、極端にいえば、内科も小児科も産科も、あるいは外科も緊急処置のあと、輸液による栄養補給に頼らず、早期に食事指導に入る場合、“歯科で受けた食事指導を十分守っていますか”とか、“やっていなければもう一度歯科で指導を受け、口腔の健康状態をチェックしてもらいなさい”とかいうように各科から頼りにされる基礎治療科にならなくてはならないと思います。すでにアメリカでは、一つの新しい風潮が定着しつつあると報道されています。高血圧症患者の生活指導によるコントロールの例ですが、従来無症状のゆえに80%がみすごされていた2,500万人の患者が、歯科医が口腔診査と同時に、あるいはそれ以前にチェックすることによって90%まで早期に発見することができ、各料の祝福を受けているという・・・。
つまり、歯科が総合病院に置かれた根本理由、発端の状態に新しく生まれ変ってくる機運が芽生えてゆく。そうなってこそ国民の健康が保たれていくのだし、歯科医の増産も喜ばれ、そしておのおのの歯科医も正しい仕事が正しく認識され、正しく行っていけるようになるんだと思います。
編集部 なるほど、とても重要な科目と役割ですね。
片山 ブラッシング指導だけでなく、そこまでいかなければ本物ではないのです。 日常の臨床をシビアーに評価していれば、歯科が本来そうあるべきものだと実感できる事柄なんです。
編集部 もしおっしゃるような方向に進むとすると、歯科はガラッと転換しますね。
片山 これまでの考え方を改めればすぐ入れますよ。歯が痛くて食べられない。歯が浮いて、グラグラして食べられない。痛みを止めてほしい。二度とこんな事態にならないような治療をしてほしい。 この3つの願いで患者は歯科医にきているとみればいいんですよね。だから、なにが食べられないとか、どう不自由なのかという問いから素直に食べ物の話題に入っていける。
編集部 ごく簡単な結びつきから奥深い大きな仕事につながっていくということでしょうか。
片山 眼科や外科ではそうはいかない。われわれ歯科医は、子供を連れたお母さんであれば、子供にも母親にも、それに父親にも指導できる立場にあるんですよ。そういう意味で、歯科の仕事として非常にやりやすい面があると同時に、治療成績、治療後のメインテナンスを考えても根本的だと思います。編集部 ちょっと目を向ければ、すぐそこに新しい世界が大きく開けている。そこに気づけば日本に限らず世界中の歯科が大きな転換期をむかえるというようなことになりましょうか。
片山 そうですね。せっかちにどうこうということではなく、歯科の新たな展開としての栄養の問題、これは非常に重要なことだと思いますよ。
「歯科は・・・」と限定せず、「日本で歯科は・・・_から、「歯科こそが日本を・・・」という目をもってほしいと思います。
編集部 ただ言葉のうえからは、まさにおっしゃるように展開されるのでしょうが、現実には・・・。
片山 そこです。現実には言葉だけで納得させるには時間がかかりすぎ迫力に欠ける。権威ある情報源としてこの本を読んでもらうのです。 この150枚の写真だけでもみてもらうのです。食生活改善およびその実行に向けてのモチベーションとして。編集部 そういう意味からも翻訳出版されたわけですね。
片山 おっしゃるとおりです。参考文献
1) EV.マッカラム:栄養新説.朝倉書店、昭和16年7月.
2) 片瀬 淡:カルシウムの医学.人間医学社、昭和23年6月.
3) 健康の塔.保健文化賞受賞記念誌、大阪府豊中保健所、昭和26年6月
4) 片山恒夫:齲蝕の予防に関する研究、歯口清掃の効果(第1報).口腔衛生学会誌、昭和27年第1巻第1号.
5) 片山恒夫:齲蝕の予防に関する研究、歯口清掃の効果(第2報)、口腔衛生学会誌、昭和28年第2巻第1号.
6) R.デュボス:人間と適応.みすず書房、1970年9月.
7) W.Cアルバリッツ:原始食の効用,モダンメディシン、朝日新聞社、1973年8月通巻18号.
8) Roll up your Sleeves. By Dr.Jean Mayer*and Johanna Dwyer,Professor of Nutrition and Medidne(前ハーバード大学栄養学教授、現タフツ大学学長).Japan Times Weekly,Feb 19,1977.
恒志会会報 2009 vol.4
『歯界展望』第53巻第1別刷 昭和54年1月15日発行より転載.
歯科医療と食生活改善
生態学的栄養学研究会 No.6 29 ~ 37 1982
要旨
口腔疾患とその回復処置。歯科医療に患者の食生活のあり方は直接的にかかわっている。楽しく食事ができるように回復する歯科医療は、それで十全なのであろうか。
それは、疾患発生の原因を除去するものではなく、組織に不調和な人工物で補い機能を代行しているに過ぎない。したがって病因は温存され、人工物装着使用のため、なお増強され、再燃再発は当然必定である。
口腔疾患の主な原因は、口腔常住細菌の異常増加・停滞による。この歯垢(菌苔)の除去を局所病因 除去方法として、適正なブラッシング(口腔清掃法)の励行を40年間提唱し、ようやく一般化した。し かし根源は火食、高温軟食、甘味添加食品などの不完全咀嚼の食習慣にあるため、この食生活の改善こそが再発防止の決め手であり、また初発予防対策の重要な柱であることは自明の理である。
適正なブラッシングの励行を、治療に際して必須初動の処置として指導し、定着させることを位相差テレビ顕微鏡を用いて歯垢の理解、認識を感動的に行い、清掃法励行のモチベーションとして広め得た実績にてらし、食事改善についてはW. A. Priceの著書「食生活と身体の退化」を全訳、自費出版し貸出して食習慣の見直しの重要性を認識させる方法とすることを広めている。
できるだけ固いものを1口50回噛みができるように回復するだけでなく、精咀嚼を適正なブラッシングの励行と共に、習慣づけることをもって治療の完成とする臨床医グループを拡大しようとしている。
しかし食事の内容改善については不明な点が多い。諸先輩の御教示により、老若男女すべてを対象とする歯科医療に、正しい栄養の改善指導が進められるならば、国民健康作り運動の最も基本的な役割を果すことができると考えている。
索引用語:必須初動準備処置 病原歯垢の除去 歯周組織に対する自然良能賦活療法
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司会(大黒) 主催者に誤算がありまして、これほど多勢御出席あるとは予想しなかったので、少しく不手際のあった点はお許し下さい。では次に片山先生の御講演を拝聴いたしましょう。開会の辞にも申上げた通り、御紹介は御本人の口からと致しましたので、それをお含みの上お始め下さい。 ではどうぞ。
はじめに
この題からは恐らく「 歯が悪く ,嚙みづらいのを治す技 術」とか、「 歯を治して入れ歯になれば、軟いものを食べるように変えた方がよろしい」というようなことではないかと受けとられると思う。
いつの世にも、歯が悪くて治さなければと思うとき、誰しも“元のように、いつまでも調子よく、これ以上悪くならないように治したい”と思うのであるが、歯科医療はそれに添って、いつも病状のよりよい改善に向って努力を重ねてきたし、食生活との関係も、入れ歯に対する保全を考える点から、改善に努めてきたのではあったが、結果は期待通りにはならず、不満が高じ、不信が生まれているように思われる。(良い状態で長持ちするどころか、案外早くつぎつぎと悪くなる)。
希望通りに(完全に近くまで)治すためには、まず治療中、必ず病因を排除することを手がけ、それができたのちの修復でなければならないことが不可欠条件で、そのために局所病因の歯垢(プラーク)の除去を習慣づけること、また病気の根本を正すために、よく嚙むように、できるだけ固い食べ物を、その上にできればその人にもっとも適した食事に改めるように!!と指導して、習慣づけなければならない。
このような歯科医療について、その必要性と進め方について述べ、それは治療効果を挙げる重要な手段であるばかりでなく、その人の再発予防の決め手であり、家族をはじめ近親者に対する初発予防のための、生活改善実践教育者の確実な育成ともなる1)を知って頂き、関連各科の諸先生方をはじめ、皆様方の御理解ある御援助を頂きたいと願うのである。
歯科医療に何を望まれるか?
1. まず、歯の痛みをうまく止めてほしい。
2. 次は、支障なく何でも食べられるような回復。この2つであると思う。
そこで痛みを除き、蝕んだ歯を修復して機能を回復するが、しかしそれが短期間に再発し、次第に重症となり、遂には何も嚙めなくなるのでは困る。だから第3の望みとして、
3. 治したものが長持ちしてほしい。できれば以後一生涯、再び同じ病気を起すことのないような治療、欠損組織の修復装置の永続使用、再発予防を含む包括歯科医療が強く望まれている。
この第3の願望については、歯科医療に対してだけの特異な点と思われていたが、現今、社会の進歩に伴う疾病パターンの変化により、今や医療全般の問題となっている。 この第2、第3の望みをかなえるための治療、 主に修復技術とその材料は、生物学的に組織親和性のあるイオン化傾向の少ない材料をもってしなければならず、それを組織環境に適応性のある状態にまで作りあげるように、技術を高めなければならない。
その結果の医療は、いわば一品手作りの貴金属製人工臓器を、たった 1つだけ、その人に合わせて 1 mm の 100 分 の1 以上の精密さ で手作りし、装置する医療ということになり、したがってその費用はますます高価となり、経済的に行き詰まってくる。
たとえ最高の技術と材料を経済的に許せる人であったとしても、所詮、修復は人工物で補われるのであって、生体組織に対しては異物の装着であるからには、その保全については長期にわたる定期的再検診による綿密な調整と補塡が必要である。
その点をわきまえず、病因温存のままの状態のもとに装着使用するのであれば、必然的に口腔環境をより一層悪化させ、結果は短期間に再発して、長期使用の望みはかなわず、やりかえ、やりかえながら必ず重症となる。
非常に高額の治療費を費やしたとしても、このような構造的欠陥は補えない。つまりこのことは、治療に際して病因除去の重要性を完全に度外視して、病変だけに対応する対症療法にだけ終始していたことの避けられない結末で、薬物投与による対症適応だけを療法として継続する薬づけ医療と全く、軌を一にするものであって、このような欠陥歯科医療の改善が強く望まれているということでもある。
望みをかなえる歯科医療
このような従来の医療の改善のためには、その構造的欠陥の根本に手をつけなければならない。そのためにはどうしても病因の除去を、治療の大前提として、不可欠な必須初動の処置(必須初動準備処置1,2)-片山,initial preparation- Goldman3))としなければならない。
口腔疾患の主な局所原因は、火食、軟食、高温食などによる4)歯垢(プラーク)の異常な付着停滞・ 成熟5)であるために、治療に際しては、まず最初から治療の第1原則としての、局所病因除去処置を治療期間中を通して、効果的に常時励行し良好な環境を保持できるようにしなければならない。
そのためにはどうしても、その行動を患者自身に受け持たさなければならないのであるが、この治療の重要なポイントであり、また困難な処置を実効のあがるように、患者を説得し指導することは、開業臨床の場では誠にやりにくいばかりでなく、特に時間的に困難で現在の医療制度のなかでは不可能事とさえいわざるを得ない。
これを解決する方法として、またその上にもっと早期に発見し、治療することができればとの考えから、われわれ歯科臨床医もムシ歯予防デー、学校歯科検診を制度化し、早期治療と口腔衛生について各自が生活を見直し、改善に努めるような運動を興してから既に久しい。
演者も昭和15 ~ 16年頃から学校、幼稚園歯科医として、乳歯保育、永久歯萌出、交換時期の保全のため、口腔検診と同時に食事指導、口腔衛生指導に努力してきた6)。
このような幼児、学童に対する口腔衛生啓蒙活動と、早期発見、早期治療も重要ではあるが、歯牙そのものの抵抗力の減弱と歯ならびの悪さ、顎の対咬関係の悪さ、そのうえ歯肉、歯根膜、歯槽骨の抵抗力の弱化をどのように防止し,また健全化してゆくかについては、妊娠初期から母体の食品栄養環境をはじめとする諸環境にかかるとされているところから、昭和23年、保健所法改正と共に、口腔衛生が母子保健衛生のなかで、口腔保健活動として枠組みされたその当初から、約10年間妊産婦に対する口腔保全教育にも努力してきた7)。
その間も夜間開業医として臨床を離れることはなかったので、この両面からの活動の成果について比較、反省することができた。
開業臨床の場での一人一人に、病因除去の生活指導について十分話し合う時間の無駄を解決しようとして、学校保健、保健所活動に努力したのではあったが、そのどれもが健常時に大勢の人に対しての講話形式の指導であったためにか、知識的な感銘を与えるにとどまり、行動につながるかどうかを知ることができず、ましてや結果をみることなどいっさい望まれないむなしさが残る。
それにくらべ、臨床にあっての病因除去の指導から進める生活改善指導は、相手一人一人が病気に悩んでいる時であり、早く治して、二度と悪くなりたくない。治したその良い状態を長持ちさせたい、という気持ちが強く、治療のより良い成功、再発防止の指導を受け入れるに十分な動機をもっているので、実行にまで直結できること。
第2は,歯科治療は長期間を必要とするもので,したがってその間に病因除去の生活が治療に及ぼす良好な効果を体験させながら、習慣として定着するようにまで監督指導する時間と機会が十分もてること。
第3として、病因除去(病原歯垢の除去- plaque control)の治療に及ぼすめざましい効果8.9.10) を体験的に認知できた反面、その療養課目のそれぞれの実行のなかで、気づかなかった微細な手抜かりの逆効果についても身にしみて分り、そのことから治療後の再発防止のためには自発的定期受診の必要性までもが理解される。
定期的再診の結果として、予後の長期観察、すなわち病因を排除する改善された日常生活のもとでの治療の効果(回復状態)に、再発防止に対する指導と処置がどれほどに効果し影響するかについて再評価することによって、治療に対しても,あるいは再発予防に対しての指導の効果についても確かめられ、かつ改めることすらが可能である。
この3点は、病因除去のための生活改善について、他の機会に得ることのできない最良の条件が満たされていることである。
また、これらの治療のための病因除去の活動を導き出す療養指導主導型治療の成果のなかで、最も重要な点としてあげられる特徴は
この新しい 歯科治療を経験した老若男女のすべての患者を,
1. 治療には、自分で病因除去に努めることが 不可欠であること。
2. 長持ちさせる(再発を防止する)には、病因を作らぬ生活を続けること(再発、初発の予防の要諦の会得)。
3. 歯科疾患は,早くから文明病といわれ、老若男女を分かたず、羅患者率についても、それらの代表格で、その病原本体が急激な食生活の変化にあること、また現代病、文明病の象徴的、先駆症状的疾患であること。
までもの理解を、回復治療を通しての実体験として持つ生活改善の実践者、すなわち健康作り運動の実践的指導者、真の衛生教育者に仕あげることができる点であって、その人達の生活改善の実践によって、まず家庭内の全員に対して病因除去の生活改善が徐々に取り入れられ、家族の初発予防が達成されるという、家族のなかの病人の治療と回復を通じ、再発予防から初発予防への家族もろ ともの着実な健康作り活動11・12)(プライマリー・ ケアー)の定着が期待されることである。
とはいうものの,現実問題としての生活改善指導は,保険制度内では1点にもならぬことを行い続けることであるため、労力と時間をできるだけ縮小して、しかも有効な手段を選ばなければならない。
病因除去の生活を可能にする生活改善指導技術の1例
1.病因の理解
ムシ歯や慢性辺縁性歯周炎(歯槽膿漏)の原因が、口腔常住細菌の異常な停滞(歯垢)であることを、あらゆる階層のひとりひとりに、極く短期間に感動をもって理解させ得るか、それも疑惑と反感をもたれることなしに!!
その方法として、その人の歯垢を顕微鏡でみせることを保健所で昭和23年から始めていたが、昭和45年から生菌の活動状況をと、位相差テレビ顕微鏡に改め,現在も続けて行っている13・14)。
この方法は、歯垢の内容を理解し、その病原性、したがって除去の必要性を最も短時間に、感動的に理解させる方法と確信している。
2.病因除去の手技
また、歯垢の染め出し顕示法は、9・15)歯垢の残存を認知させ、今日までの自分の方法の過ちと不足を認め(第5症例)、正しいブラッシングの指導を求める有効、適切なモチベーションを与える 方法13・16)である。
a.適正なブラッシング励行の確実な習慣形成
病因除去の適正なブラッシングとは、完全に病原性歯垢を除去し、なお病変組織に依害性なく、賦活性を備えるものでなければならない。すなわち歯周組織に対する自然良能賦活療法の謂である(oral physiotherapy)。1, 9, 14, 26)
その症状に最適の方法は、日々、緩解変化する病状に適応するものでなければならないので、その時点での適宜,適切な指導を必要とする。しかしその指導された方法を適正に実行し、病因が除去された状態を常に維持し続けることは、患者にとっては容易でなく、 最も困難な点は、1 回 30 分以上、1 日数回を必要とする場合が多いことである 。
時間をかけ、回数を重ねることが必要であることの理解のうえに、やる気は十分であったとしても、病気の治療、回復のためとはいえ、ある時から突然に一般的な、極く普通に行われていた生活習慣を変えることは 、対人的、社会的に ( 家庭 ・ 家族に対してすら)難しさが伴う。些細なことと思われる生活様式の改善も、いざ実行となれば思わぬ多方面にわたる困難に直面することになるの で、この点についての理解と援助を忘れてはならないと同時に、病因除去のための生活改善の効果のめざましさを、その行動持続の勇気づけに、また怠慢の必然的結果としての症状悪化を指摘し、療養厳守を強調するなど、指導は症状の変化に添って啐啄同時に行われなければならない。 これらすべて,臨床にあってこそ可能な指導であることを銘記すべきである。
b.食生活改善について
ィ.砂糖の制限患者の病因除去の行動が、日常生活のなかで行き詰ろうとしているとき、例えば適正なブラッシングの励行が、あまり長時間を必要とする点に困惑しているとき、比較的容易に、例えばより短い時間で効果をあげる方法として蔗糖の制限を、コーヒー、紅茶に砂糖を入れないことだけでも実行するように提案1)する。
これは歯垢(プラーク)が蔗糖を吸収、摂取した場合、プラーク中の数種の細菌群が急速にグルカンを形成し、そのために粘着度を増しプラークの菌種、菌数が増大し、醸酸力を加え歯周組織への刺激度を増し、歯牙硬組織(エナメル質)の脱灰力を増強する。
この歯垢の付着、粘着力の強化されることによって、ブラッシング効果があがりにくくなることをまず理解させることから始め、蔗糖類制限の試みが、いかにブラッシング効果に影響を及ぼすかについて体験を通して納得させる。
ロ.食品の大きさ、固さについて蔗糖類制限が歯垢の性状に及ぼす影響について納得できれば、食物と歯垢の付着性と病原性の関連までもが理解されて、砂糖類の制限の効用だけでなく、口にする食品が歯垢の性状にかかわること、食物の大きさと固さ、嚙み 方、 嚙む回数がどうあるかによって、歯垢を擦り取る作用と歯肉に加わる必要な刺激が十分になるか、不足するかについても理解され、軟食不完全咀嚼の悪習慣の是正に努め、またその代用としての歯ブラシの与える刺激が弱化病変歯肉を賦活することまで理解が進み食べ物のあり方、調理法を注意するようになる 。
ハ.食品全般の見直し
しかし、食生活改善の指導には、その人の現状を確実、詳細に知ることと、また病状改善に対応する適確な食品の栄養的改善指導の学問的基礎をもつことが必要であるが、これらを知ることは誠にむずかしい。
そこでまず、食生活全般の見直しについて、考えて貰うことが必要と思い、W.A.プライス著、NUTRITION AND PHYSICAL DEGENERATION ――A Comparison of Primitive and Modern Diets and Their Efects――(食生活と身体の退化――未 開人の食事と近代食・その影響の比較研究)540頁 を全訳17)自費出版して貸出し,読んでもらうことによって各自の食事の現状の見直しの必要性を 強く感得させることができている。
ちなみに著者プライス博士は、口腔疾患の治療、予防にはどうしても健康な歯牙口腔を積極的に導き出す方策をみつけださねばならない。そのためには、現に完全な健康状態を維持している人達、部族、種族を探し出しそのよってきたる諸条件、特に食生活を調べること、また諸部族が近代文明に接し文明食を摂るようになると、どのように弱体化、悪化した状態になるかを、未開種族の生活実態をドキュメントし、食生活をこまごまと調査記録し口腔検診を行い、それらの部族が交易の結果どのように食生活が乱れ、どのように身体的影響を及ぼしたか、特に齲蝕の多発と子供の顎のディフォミティー、歯列不正が著明に現われているかを写真で示し、齲蝕罹患率はすべての場合、60、70倍から300倍にも変化していること、顎に及ぼす影響も顕著で決定的なものだと述べている。
それだけでなく、それらの食事内容の変化を家畜に実験し、同様な変化あるいは、人にみられない恐ろしい変形などを述べ、さらにそれらの変化は遺伝ではないということ、つまりそのような奇型の家畜を元の正常な食餌に戻した場合、すべて正常な仔が生まれることまで調べ、また食物のどのような要素によるものかも調べている。
そしてまた、太平洋戦争の頃のアメリカの状態を、合衆国上院の発表を引用し、例えば妊娠した 100人のうち25人が死産であること、その死産の内容がまた恐ろしい状態で、15例が驚くような奇型児であるということ、そして75人の出生児のうち28人が、15 ~ 16歳までに退化病がもとで廃疾者になっているということ、結局男23人、女23人が正常で残されるだけである。その23人の男子も約半数が兵役に耐えないような弱体であり、また アメリカ24州の調査によれば、ある州では住民の3人に1人が、なんらかの社会的管理を必要とする者であることなどは、近代アメリカ文明が人間という自然に対し、破壊的に作用している結果を示している、と述べている。18)
この図書についてわが国では、1973年8月のモダン・メディシン19)に、Walter.C.Alvarez,M.D.の 署名記事「医事随想」の欄で、「広範囲にわたる調査旅行中に撮った各種族の顔と歯の写真417点 も、その著書に収録されている。......1970年の同書の末尾には、プライス博士他によるいくつかの食物の薬効についての研究報告が記載されているが、これらはきわめて有望なものばかりで......今迄に読んだ本のなかで、いろいろ考えさせられるという点で忘れられないもの」と紹介している。
C.疾患のためにゆがめられた嚙み癖
歯科医療においてはほとんど毎常、欠損組織の修復や、欠損歯の補綴によって咀嚼機能の回復処置が行われるのであるが、治療を受けるまでの長い期間、痛みを避けて嚙もうとしていたため、また無意識に身体的危険を避け、より安全に嚙むために習慣となった間違った嚙み癖を、多くの場合そのままで、それに合わせるように入れ歯が作られる。痛みが無くなり、都合よく嚙めるようになれば嚙み癖が自然に正常に戻る。戻るにしたがって今度は、治したその歯のあり方がまた不都合な存在となって、嚙むたびごとにその歯を支える歯周組織に外傷性の刺激を与え続ける。その結果、組織はディストロフィー 20)(異・栄養症)に陥入り、入れ歯もろとも歯がぐらついて抜け落ちる。
そこでこのような必然的な不都合、外傷性咬合の原因を作らぬように、必ず嚙み癖直しを必要とする。 長い間にできた偏った嚙み癖を短期間に直す最も良い方法は、痛くなく不都合なく嚙める仮義歯を用いて、1口50回嚙みを厳守、実行することである(ちなみに一般平均咀嚼回数は 1口、2 ~ 3回)。
その成績のチェックの時期としての次の週は、それに加えて唾液の分泌量とその効果について簡単に話す。
第3週は、1口50回嚙みのやりやすいものは、かえって固いものであることや、固いものを50回嚙むことによって、種々食物の真の味わいが分かることなど体験が語られるようになれば、食品の調理、栄養バランスについてなど図書貸出しに よって理解を深める。
臨床例のまとめ
このような病因除去の指導を柱とした、臨床実績を症例(13症例)スライドによって示す。
口腔疾患の代表としての歯牙齲蝕症――ムシ歯 と歯周(組織)病――歯槽膿漏の局所病因が歯垢の付着であり、病因歯垢の本態が多種細菌の共生産物の結果であることを理解させるとともに、不適切な歯科処置が口腔環境を一層悪化させた場合(医原病的発症ともいえる状態)に対し、その病因の除去と組織賦活処置(適正なブラッシングの励行)が日々、症状を好転させるありさまを確認させることによって励ましとするためのカラー写真記録(8日間連続 ――第1症例,1週間おきのもの――第3症例、数カ月間隔-第4症例、数年から十数年以上――第6症例)によって、臨床的治癒から完治するまでの状態を4症例示した。また歯周疾患の対処の方法の不備から、歯周組織全般、とくに骨組織の消失、吸収まで進み、生理的咀嚼咬合圧までもが依害性(外傷性)に作用するため、歯牙周囲組織(歯牙支持組織)がディストロフィーに陥り、歯が抜ける症状(いわゆる重度歯槽膿漏)に対して、固定処置21・22)などと共に病因を排除し、組織の抵抗力を増強する処置により、次第に口腔環境が改善され、健康を回復し、 5年、10年、15年、20年以上(第7、8、9、10症例) 十分機能を果し得ている状態を示す。
助からないとされる多くの歯が、5年、10年、それ以上の長い間十分に望み通りの機能を回復し得ていることは、従来の病因温存のままでの歯科医療に対し、病因を除去(食生活改善と口腔の衛生環境改善)しての治療効果の差異、ならびに病因を作らぬよう、生活を改善した結果が再発を防止し得たことを示している。
特に62歳(第11症例)で残存歯を保存不能とされ、総義歯を覚悟した患者の残存歯保存治療処置の予後は、16年後の現在もなお十分に機能を果し良好である。この症例の処置経過についての詳細報告にかえ、第13回(昭和45年9月)日本歯周病学会総会で特別講演を行った際に、同一症例の治療後5年の状態について発表した記録23)があるので、そのなかの写真説明より抜萃転載する。 第11症例、62歳(昭和45年)♀、主訴:咀嚼不全〔処置ならびに療養指導概要〕
1.口腔清掃指導:その必要性を歯垢の内容、付着状態、歯肉囊の深さ、歯肉よりの排膿状態を認知させると同時に、清掃法として の含嗽、ブラッシングの実技指導はその回数、強さ、刺激の感度について水を含んで含嗽してみせ、患者の口腔に歯ブラシを当てて指導する。
2.スケーリング(ルート・プレーニング)
3.咬合の調整、暫間固定
4.フィジオ・セラピー:歯周組織に対する処置。
初診時および改善されつつある各時期に適したプラッシングを術者の手で行い、その効果を認識させ、同時に患者が療養として行うブラッシングの指導を兼ねる。
5.硬組織に対する処置:感染組織の完全除去、必要ならば歯内療法(歯髄を取って治療すること)、齲窩の封鎖
6.マイナー・トウース・ムーブメント24);歯列の不調和の是正、矯正処置あるいは選択的削去による咬合調整
7.顔貌についての調和、発音、咀嚼力回復保持(仮義歯、暫問修復)
8.治療時間外の生活のなかでの口腔衛生環境の改善(食生活改善を含む)と、メインテナンス、23・25・26)定期検診27)の必要性に ついての指導。
以上である。
一方、次に示す第12症例は、前に示した第11症 例と同年齢(現在72歳)で、前症例と同様60歳ごろに残存歯の保存が困難な状態となり、通例のごとく抜歯されて総義歯となり、その数年後から不調が嵩じ10年後の昨今ではほとんどのものが嚙めなくなり、また義歯なしでは水や錠剤も呑みこむことすら困難な状態で、“これほど科学が進んでいるのに、何でも嚙める入れ歯ぐらいできる筈だ” といい、今迄に作った十数組もの義歯を持ち、なお満足を得られないため、歯科医を転々とわたり歩いている。 この症例のような患者が現に多数できていることに対し、われわれは責任を感じる。 このような自然科学万能思想を、医療にもち込む多くの患者に、現在の医学、医療の現状を学術書によって知らせることにより、その限界を理解させることは、病因除去のための生活見直しに強力な動機づけとなるとも考えられる。
つまり、われわれの健康は、50兆を超える多くの細胞各々の健全な営みと、その総合された自律的な働き、その上に立つ意識と無意識、本能と理性、それらの統合のうえに生まれる社会的行動。 健康であることはそれら総てが,またわれわれの 生存する環境、なかでも社会情況との間にどのように調和して生活するか。
その調和の乱れこそが現代病の元凶であることについて考えてもらうことが基盤になってこそ、生 活の見直しができるものと思うので、治療の第一歩からこの点についての理解を深めるべく、深く省察された患者への言動は、病因除去のための生活見直しに強大な動機づけとして作用するはずである。
この対照的な2症例は、60歳前後で総義歯適応の状態になった場合の、従来の医療の進め方と、病因を生活のなかから排除する医療の進め方との 間の差異を示したものともいえようが、このような病因除去を治療の前提として厳守しながら進める医療を、早期、幼少の治療の機会から行えば、第13症例として示す同年齢、72歳の男子の現状のように、数種の治療歴はあるものの1歯の欠損も、 また少部分の歯周組織病変もなく、完全な咀嚼機 能を保持して、全き健康を持ち得ている状態に誘導することが必ずできると信じている。
まとめ
われわれの現在属している老齢化、高度工業化文明社会のもつ、以前とは変化した疾病パターンのなかのそれぞれに対応する医療12)は、生活そのもののなかにある病因に対処する技術の高揚と練磨こそ緊急、最重要課題であるとして、相応に向きを変えなければならない。
その最も一般的代表的口腔疾患は、そのほとんどが食生活の急激な変化、すなわち火食、軟食、高温食、輸入食品、甘味添加食品などの不完全咀嚼の食習慣に病因の根本があるため、歯科医療における治療にも予防にも、病因除去、すなわち食生活の改善が根本命題である。治療に際しては、病状に対応する処置だけでなく、治療の第1原則としての病因除去を、必須初動の処置として、それが患者の生活改善にまで及ぶとしても、練磨されたあらゆる生活改善指導の技法を駆使し、患者の病因排除の日常生活特に食習慣改善を成就成功させなければならない。それには,治療の初めから治療期間中を通して患者は病因排除のために守り行う療養を治療に参加し分担する者の義務と考えて行うほどにまで進めなければならないが、従来の患者教育、療養指導、健康保全教育と称せられ、行われた方法では,かえって逆効果する場合が多く,指導技術の改善,特に動機づけの方法および技術の確立が急がれ,望まれている。
演者は、過去40年にわたる臨床的生活改善指導の経験から、口腔局所の病因除去に対しては、適正なブラッシングの励行による、病原歯垢の除去の効果的な実行の習慣形成を、位相差テレビ顕微鏡による歯垢の生菌内容をみせることなどによって、また食生活改善については、プライス博士の著書を読ませることによって良好にモチべートしてきた。
その治療効果の長期観察記録、多数例を供覧して、現在広めようとしている臨床のあり方を説明し、御批判を仰ぐと同時に、治療中病状改善に対応する処置と共に行う病因を除去し、病根を改善する食品の栄養的内容を適確に指示し、実行させ評価できる方法について模索している現況について述べ、幸いにして諸先生方の御理解、御協力、御援助を得られるならば、歯科臨床を通じ国民老若男女すべての食生活の健全化を効果的に進められ、健康作り運動28)に大きく貢献できるであろうと期待している。
文 献
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27)片山恒夫:メインテナンスとリコール.歯界畏望,26(4): 777 ~ 782.1965.
28)片山恒夫:食生活と身体の退化一歯科臨床を通しての健 康作りのために.公衆衛生,43(8):536 ~ 540,1979
司会(大黒) 遅れて始めたので大分縮めてお話下さり恐縮でした。一般に体は健康でも歯だけはだめな者は随分多く、歯医者さんの手にかからない者は甚だ少ない筈ですが、当会では珍しい演題であります。さて日野博士の場合も片山博士の場合も、根気がないと治療を成功させることができない点が共通して居ります。予定時刻は過ぎましたが5分ばかり捻出しますから、御発言の方がござ いましたらば・・・。どうぞ。
高木健次郎 嚙まなけりゃならないような堅い食品の例をあげてください。
片山 私は、どの食べ物とは申しません。その方が、堅いと思う、今まで食べられなかった、そういうものを少しずつ堅いものに変えていけと、こういうようにお話します。しかしその中で、鮑だとか、どうにもならないもんがありますね。入れ歯では。それは、あなたにはだめですよと、いうようにお話します。それ位のことでよろしゅうご ざいますか。
大黒 はい,どうも・・・。
高木 そうしますと繊維質の、植物性食品も嚙むに値する食品になるわけですか。
片山 そうなんです。繊維性の野菜だとか、そういうものは、できるだけ多く、そして生で、嚙むということを勧めております。野菜の生食をしますと、歯垢は大部分、簡単にとれてしまいます。
大黒 他にございませんか。それでは、あとは総括討論にゆずって、これで終わることに致します。どうも有難うございました。
2013 vol.8 より
噛む力をつけよう
――固いもの好きに育てるために――
2014 vol.9 より
栄養だけではない食生活の大切さ
悪くなった歯を治すとき、一番苦労が多く結果が悪いのは、歯列の悪い場合である。 デコボコ、ジグザグに生えている歯の裏陰に汚 れが残るので、そこにムシ歯が多発するし、歯肉が爛れ、その歯肉炎に咬みあわせの力の過不足が手伝って、慢性辺緑性歯周炎(歯槽膿漏)に進み、歯肉は膿をもち、ロは臭いし、噛みづらいわけで歯槽膿漏の治療となるが、治療の取っかかりにはまずは歯ならびの悪さが原因であるから、これを何とかしなければということにもなり、ムシ歯の場合も同様だが治療は難渋する。そのうちど れもが重症となり、はやばやと抜き去られ、若い身空で取りはずしの入れ歯となる。などなど考えると、歯ならびの悪さは口腔疾患の元凶ということができる。
歯ならびの悪さは矯正治療によっても治すことはできるが、保険は効かないし、数年も通いつめなければならないうえに、その間機械の装着などで口元の恰好の悪さも我慢しなければならない。 費用もウン拾万円と覚悟しなければならない場合が多いので、上の子も下の子もということになれば、とてもやりきれるものではなかろう。 このような場合のムシ歯や歯槽膿漏は、歯ブラシによる清掃だけではとても防げるものではないと考え、歯ならびの悪さこそ、育児によって予防しなければと、幼児期の食生活を見直してほしい。
歯ならびを悪くしない
歯ならびの悪さと一ロにいっても、上の歯ならびの八重歯といわれるような状態もあれば、下の前歯の乱杭歯もあるし、ほとんど気づかれていないが非常に多い奥歯の位置異常もある。数字をあげるまでもなく身の廻りの人達で、現今の若者には目立って多いのを十分ごぞんじのことと思う。
なぜ歯ならびが悪くなるか
歯の大きさ、特に幅は先天的に決められほとんど変りなく発育するが、顎の大きさは諸種の原因によって発育の障害を受け、予定よりも小さく育ち、そのため顎の中に歯が並び切らなくてデコボコ、ジグザグとなってしまう。
上顎の発育障害は、妊娠初期からの母体の栄養(胎生期)、授乳期、離乳食の乳児期に影響を与える母親の食事、特にビタミンEの欠乏、精白小麦食品、精白米などの害によることが一般的である。しかしこの場合、乳歯列は案外目立った乱杭歯にならないでおさまっている場合が多いので気づかないが永久歯が生え始めるといろいろな形で歯列の悪さが現われてくる。つまり、生え変わって一生使う永久歯の歯ならびである。もちろん出生から後の離乳期の栄養素とその量のバランスに も強く影響されるが、また食べ物のありさま、つまり食べ物の固さ、大きさ、噛み方などが直接的にかかわる重要な点を忘れてはならない。
乳歯時期に固いものを噛ませることを忘れた場合、食物、食品の栄養条件、その他すべての条件を無効にしてしまうものとまで考えるべきと思う。
永久歯列の不整の原因
歯ならびを悪くする原因は、「伝統的な食生活が急激に近代食に変化したことにある」ともはや常識となっている。
妊娠中の母親の食事がこのように間違っていたために、乳幼児の顎の発育が不十分になる(しか しそのために乳歯列の歯ならびが悪くなるとは限らない)。
また、そのような母親の食事のあり方が授乳期間と離乳期の幼児の発育にかかわり、また離乳食のあり方の間違いが、引き続き一層幼児の顎の発育を悪くする。
そこで乳歯列(特に満1歳から5歳)の子どものこの発育不全を、今後十分取り戻すための食生活の見直しのなかで、よく噛む習慣を離乳期から少しずつしつけることを考えてほしいと思う。
赤ちゃんの前歯が萌えてきた時は、どの親も必ず記憶しているように、子どもの成長発育のなかで感動的な瞬間であり、それだけに重要な時期ととらえるべきであろう。
その時期の赤ちゃんの目立つ変化は、ものを握る力が目立つこと、噛むことを始めることである。これは摂食本能の行動への確立を示すもので、この欲求を満足に満たしてやることが、食べ 物を食べることだけについてではなく、生活力全般について成長発育、ひいては、生涯の健康確立に最初に必要なことである。
現代社会の大問題として、成人病、習慣病の蔓延は、昭和56年の厚生省の調査では、13.8人に1 人の割合で病院通い、70歳以上では約5人に1人の病院通いの状況にあり、健康の不調を感じている人は、その3倍にものぼるといわれ、そのような成人病が小学生にまで現われている。また、それら年齢層の家庭内暴力など、非行を生む精神の不健全さの蔓延の原因として、食生活の間違いがいわれているが、それは、日に10回以上もの間食、商品として調味された食品だけの食事である。このような状態にならないようにするための用意は、離乳食からの確固とした考えのもとに行われなければならない。
離乳食に、かじれるものを加えよう
1本、2本と歯が萌えてくる赤ちゃんに、その歯でかじって食べられるものを、それを軟かくて唾液にすぐ溶けるような加工食品ではなく、食品そのままの姿で与えること、例えば昔風の固く酸っぱいリンゴの大切り、セロリのやっと持てる 大きさの大切りの軸、干し大根など、歯が生えそろうに従っておしゃぶりとして、また離乳食の一部として与え、噛むことへの欲求を満たしてやることである。
おしゃぶりと離乳食
6か月頃から歯が萌え始め、乳児の消化器管は乳以外の離食を受入れ消化する能力ができるので、離乳食を適当に与えるが、その時期に適当なおしゃぶりが必要で、吸うことと、噛むことの移行を助け、欲求を満たしてやるようにおしゃぶりを必要とする。
おしゃぶりの与え方は、その後の幼児期の間食の与え方の始まりで、その必要の意味を満たすものでなければならず、噛むというより、前歯で削り吸いとるような食べ物、そのうえに自分の手で持ち、口に運ぶことのできるようなものでなければならない。
この時期に味の好みが定着することから、自然の味以外の味つけは避けなければならない。 古くからわが国でも処世訓として広く親しまれた菜根譚の意味するように、野菜やその根を噛みしめ、味わいながら、心とからだの栄養を満たす始まりは、この時期にあるとも考えるべきであろう。
満1歳のお誕生の時期には、乳臼歯半数が生えているので、固型食に切りかえられる時期であり、乳児から幼児へと成長したことになる。満1 歳のお誕生からはこの意味で、固型食のもつ意味を損うことなく、過剰な調理やつけ味を極度に控え、噛むことによって味わいを知るようにしなければならない。
胎児期、乳児期に母親の栄養の間違いから、顎の発育が不十分であったとしても乳歯の生え方、 歯ならびの乱れとしての現われはまれであることは先に述べたが、だからといって顎の発育は大丈夫と考えるのは甘すぎる。十分に発育していたとしても、これからの離乳期から始まる固型食への移行時期の、上下顎の発育は、その時の食生活(離乳食)のあり方によって決まり、その発育状態はまた、その後成人するまでの間の発育を正常に導きだすか、反対に阻害するかの基礎となるため最も重要な時期である。
上顎の発育は、頭蓋、顔面の諸骨の発育とも関係し、また頭蓋の発育はその内容の脳組織の発育とも関係する。だから脳組織を十分発育させることは、上顎を十分発育させることにもなる。
下顎の発育はこれらとは関係なく、ただ、噛むこと、使うことによって発育が左右される。 満1歳頃にでき上がった脳細胞の数は、生涯減ることはあっても増えることはない。
しかし細胞を取り巻き、その栄養を司るグリア細胞は、満1歳頃から成人になるまでの間に約4 ~5倍の重量にまで発育する。その期間に噛むことによって脳組織への血行を良くし、脳組織の発育を促すことは非常に重要である。
このことは同時に、その容器としての頭蓋、顔面諸骨の大きさ、丈夫さを促進して十分な発育が達成される。上顎もその人の最もよく設計された大きさの歯が十分生えそろうだけの発育が達成されるのである。いいかえると、歯ならびが悪いことは顎の発育が悪いこと、そのことは脳組織の入れ物の大きさの発育の悪いことにもつながるし、 その内容としての脳組織の発育にもかかわってくるということでもある。
知能の発育の遅れている子どもに、機械的に上顎を広げる装置を与えた場合に、急速に知能が発達したW・A・プライスの治験例がこの間の関係を説明するものとして注目された。
離乳期、 幼児期のよく噛む習慣、 固いもの好きは、 成人するまでの顎、 顔面の成長を助ける
乳歯が生えそろう2歳頃からは、食べ物の種類をできるだけ多く、できるだけ丸ごとそのままで、必ずよく噛むようにしつけることが絶対に必要で、つけ味の軟らかいものばかりを好きにしてしまえば、顎の発育が悪くなるだけでなく、必ず 乳歯のムシ歯が多発して、そのために一層噛めなくなり、悪循環が高じ、永久歯を受入れる顎の発 育が悪く、狭く小さくできてしまう。
永久歯に生え変わると乱杭歯となり、その結果は、上下の歯の咬み合う面積が小さくなることと、力を入れて噛めばお互いに横倒しすることになるので、本能的に力を入れなくなる。そのためにまたまた噛む力は極端に弱くなる。ふつう歯ならびのいい人の噛む力は、最高自分の体重に匹敵するといわれているが、歯ならびが悪ければその程度によって半分以下に減少する。したがって顎の病気に対する抵抗力も、歯肉の抵抗力の弱まりだけでなく、骨も弱ってくる。したがって歯槽膿漏になりやすく、罹れば治りにくい。
これらのもとはすべて離乳食のあり方と固型食に変わる時期のごく短期間の親の注意に左右され、決定づけられるものといえるので、この時期の食生活の見直し、特に噛む力をつける母親の育児のあり方が重要である。
よく噛めば・・・こんなことも
子どもの食生活を見直すとき、発育、成長に正しく良い食べ物が十分に与えられているかということと共に、与えても十分受けとられるかどうかということについても見直されなければならないと思う。
子どもが受け入れるかどうかは、その子の好みに強くかかわっていることを理解して、それが形作られる以前、できるだけ早くから“好みのしつけ”をしなければならない。
子どもの食生活の始まる最初から固いもの好き、食物そのもののよく噛んだ味を好むように躾け、そのことによって顎の発育を正しくし、良い歯ならびと強い歯を育て、一生涯その好み、食生活が守れるように育児の時期にこの点について見直し、考え直すことが最も必要だと強調したい。
よく噛むことは顎の発育を正しく育成することだけでなく、現今の食品のもつ公害的な性質を取り除くことができる。つまり、30 ~ 50秒かけてよくかめば(1口30 ~ 50回)その間に食物のもつ危険性、発癌性までも無害化するという精咀嚼の効果が発見されている。また唾液が多量に食物と共に摂取されるので(1日量1リットル~ 1.8 リットル、よく噛めば1食に約360ミリリットル、 スープ皿に2杯)、少量の食物で満腹し、多量のドカ食いがなくなる。
丸ごとそのままよく噛んだ味を好む人は、決してつけ味、特に濃厚な砂糖あるいは食塩の味つけを好まない。離乳期からこのようにしつけられた子どもは幼児期(乳歯列の時期)に砂糖あるいは塩味の濃厚に味つけされたものは嫌いになる。
顎の発育がよく、歯は丈夫で歯ならびの美しい、そして濃厚な味つけを好まない、何でもよく噛んで食べる子どもは、離乳期からわずか2年そこそこの母親の努力で仕上げることができるということをよく知ってほしいと思う。
「愛育」昭和57年12月(恩賜財団母子愛育会)
ー特集 80年代の歯科医療に向けてー
包括歯科医療について
インタビュー
2015 vol.10 より
▷ ▷ 包括歯科医療の背景 ◁ ◁
編集部 本日は、包括歯科医療についていろいろお話をお伺いしたいと思います。最近よく耳にする言葉ですが、もう一つ地に足をつけた発言がみられないので、この言葉の概念についてよくわかっていないような気がします。そこで、まず包括歯科医療という考 え方が生まれてきた背景について、先生のご意見をお伺いしたいのですが。
片山 今いわれている包括歯科医療 Comprehensive dentistry という言葉は、日本医師会で打ち出した Comprehensive medicine に対応するもので、元は WHO でも使っている Comprehensive health care という考えに根ざしていると思います。WHO が1957年 このような考えを取り上げた背景には、第2次世界大戦の反省のうえに立って、世界の平和を築いていくためには、国家、人種を越えて基本的な人権、平等といった基盤に立って、協力し合わなければならないという願いがあったと思います。そして、発展途上国への開発援助のための医学、医療理論として、健康生活を保全するために、予防を含めた医療と、その円 満な供給に対する施策を協議する会議のなかで用いられたのが初めてのようです。
誰もが社会生活に不都合のない体調で暮らせるようにするには、医療者だけではなく、いろいろな領域が健康生活の保全のために、配慮、協力しなければならない。そのような意味のなかに医療者の態度として、Comprehensive medicine の考え方が日本医師会からも1964年に打ち出されたものと思います。 それに、戦後の急激な人口増加という状況とも関わっていたと思います。
編集部 それは日本に限らずということですね。
片山 はい。爆発的にと思われるほどの急激な人口増加、人口構成の変化という状況での疾病を、満足に、効果的に解決していくためには、あらゆる人々が 智恵をしぼって協力し、努力しなければならない。 後進国といわれる国々の感染性疾患や、先進国での文明病といわれる疾患、これらの疾患に対応するには、治療だけでは不都合が多く、破綻さえ生じてくる。
編集部 予防を前面に打ち出していかなければということでしょうか。
片山 治療と医学的予防はもちろん、あらゆる方面から可能なかぎりの手段を総動員して対応していかなければ、疾病を減少させ、老齢者の健康を維持し能力を高めることはできない。こういった考えを背景として Comprehensive health care という概念が打ち出された。
まず、Comprehensive health care があり、そこからわが国の医療において、Comprehensive medicine が生まれ、歯科にあっては Comprehensive dentistry がいわれてきたと理解できるということです。
▷ ▷ 疾病パターンの変化 ◁ ◁
編集部 先ほど、感染性の疾患と文明病ということをいわれましたが・・・。
片山 日本医師会が Comprehensive medicine という言葉を使い出したのは、後進国性の、例をあげれば結核の問題がまだ残っていた昭和39年、1964年であったと思います。先に昭和26年結核予防法が改定され、行政とタイアップして急速なめざましい成果を、 保健所活動を中心として上げ得た。国民病とまでいわれていたほどに蔓延していた結核が、組織的な予防活動によって激減していったのを目の当たりにして、 予防医学こそ医の真髄であると感銘した医師が多く、 それまでの“治療こそが医師としての”という考え方が覆されてきたといえる。そして現在は、成人病をはじめとして、いわゆる文明病といわれるものが激増してきた。
編集部 そこで新たな対応を迫られて、Comprehensive medicine(予防と治療)から Primary care へと変ってきたということですね。
片山 ところが、その新たな対応に盛られた医療内容 Comprehensive medicine、 特 に Primary care については、歯科ではすでに早くから行っていたんです。
編集部 具体的には・・・。
片山 それは、早期発見・早期治療を第一とした小、中、高校生徒を対象とした検診と教育、保健所歯科衛生活動のような形で地域社会としての公衆衛生的方面からと、各診療所でのリコール・システムによる個人的定期検診で進められていた。 つまり、歯科医学は早くからComprehensive dentistry、特に Primary care に取り組んできたといえるわけです。
編集部 医科の場合をどのようにみていらっしゃいますか。
片山 先ほども申しましたように、 疾病パターンが 変ってきたということが 最大の要 因となって、特に Primary care に取り組まざるをえなくなったということではないでしょうか。 文明病に対する、より効果的、積極的な手段をということではないでしょうか。このことの理解のためには、文明病の代表のようにいわれてきた歯科疾患を考えればいいでしょうね。むし歯と歯槽膿漏、つま り慢性の辺縁性の歯周炎は、ともに一種の原因菌だけで発生するものではなく、また局所原因を除去したからといって、元通りに自然治癒することが難しい現代生活の中に原因がある病気であるといえます。だか ら早くから Primary care を必要として重視してきた。 また予防についても、局所環境のコントロールだけというのでは、いうなれば生活改善を伴わなければ、 治療の成功も再発防止をも期し難いということが最大の要因だと思います。
▷ ▷ 人口増、エネルギーの枯渇 ◁ ◁
編集部 一般医科の Primary care の背景には、疾病パターンの変化があるということはわかりましたが、 先ほどの人口増加の問題は・・・。
片山 医療あるいは医学、科学の功罪とでもいいますか。そういう点からの人口の爆発的な増加と身体の退化の関連を考えなければならないでしょうね。出生の増加、乳幼児死亡率の激減、病弱者・障害者の生存、老齢層の増加などが人口増加の主たる要因としてあげられますが、これは一応、医療ないし科学の成果といえると思います。
ところが一方、人口増加に伴う問題が山積しているわけです。食糧の問題一つにしても現在の世界の人口、約45億人では多すぎて、35億人が限度であるともいわれていますし、その他にも平等で文化的な生活とか、病弱者、障害者、老齢者の福祉、それらすべてを満たすのは大問題であると。
編集部 エネルギーの問題もありますね。
片山 そうです。現在の生活を支えるだけでも膨大 なエネルギーを必要としているのに、ここにきてエネ ルギーの枯渇という問題が出てきた。
編集部 現代といいますか 、 少なくともこれまでは科学の勝利と、諸手をあげて歓迎されてきた。すべてよし、上出来だと。平均寿命も延び、みんな長生きできる。ところが、ふとみると状況は懐疑的であったというおかしな話・・・。
片山 科学の前進が本当に人類の明日を約束するものであるかどうか。この問題をわれわれは常に問い直す必要があると思います。医学、医療についても同様です。時代なり環境なり、社会を常に念頭においた思考こそが要求されるのです。
▷ ▷ 現代における健康 ◁ ◁
編集部 ところで、このような時代における健康、つまり Comprehensive health care にしろ、Primary care にしろ、その目標としての真の健康、それはどういう意味をもつのか、病気それはなんだ、という点についてはいかがですか。
片山 WHO の定義にもありますように、社会的にも健康であるということが根本でしょうね。 ですから、 仮に一歩譲って病気・ 障害があったとしても 、その病気をもつ病人自身が十分コントロールできて、病身ではありながら、障害があったとしても健康な精神をもって、社会に十分寄与していけるなら、その人は健康であるといっていいと思うんです。むし歯があっても歯が抜けていてもそれを十分コントロールする。つまり、それ以上悪くしないように治療し、再発を予防できて、それで十分に社会的活動ができ、快適に過ごしていけるならば、それは健康ということですよ。 しかし、重症になってしまってから、そこまでもってくるためには時間と労力と費用が嵩む。だからより効果的な医療形態 Primary care を考え、Comprehensive dentistry を考える・・・。
編集部 医療の中に社会というものを一つのポイントとしてお考えになってらっしゃいますが、さて個々人の社会生活と歯との関連は・・・。
片山 社会生活を成り立たせる基本の一つにコミュニケーション言語があります。発音、それに顔貌・ 表情も対人関係にあっては重要です。また長寿の時代では、老人も長老として社会に密度の高い貢献ができる存在でなくてはならない。そのためには、まず丈夫な歯が必要です。終生失うことのない健康な口腔諸組織と諸機能を育て守るのがわれわれ歯科医の使命。そのためには、歯を失わないための手段が早くから必要であり、中でも歯周疾患の早期発見・ 早期治療を基礎として、歯牙喪失を予防することでしょう。
▷ ▷ Primary care と歯科 ◁ ◁
編集部 Primary care といわれる医療が、歯科ではすでに行われているというお話でしたが、先生ご自身のご経験からお話願えませんか。
片山 包括医療ということがいわれる前は、予防は予防、治療は治療という考え方でした。分科して専門に分業したほうが能率的であり、効果的であると。 ところが私の戦中、戦後の経験では、歯科においては、これは全くの間違った考えだということに気がつ いたんです。 前にもお話したように 、歯科疾患は原因がはっきりとただ1種の細菌あるいは毒素によって起こる疾患ではなく、つまりワクチンの接種あるいは病菌を的確に駆除することによる予防と、病因を弱め自然治癒能力を助け、高めて治癒に向かわせること のできるパターンの疾患ではなく、その人の社会生活そのものの中に体調を狂わせ、病気を作りあげてゆく原因が考えられる。
このようないわゆる文明病パターンの疾患に対しては、患者自身の生活改善の努力が予防にも治療にも不可欠である。ただ早期に発見し、治療するだけで、病因の除去に着目し努力されなければ治療効果は不完全で、再発の予防などは望むことはできない。だから適正な生活改善に向かっての踏み切りが、いつどのような契機で行われるかは、その人の生涯の健康生活に一大重要事であり、 治療の際においても、 また病因除去の療養の励行が最も重要な成功の決め手であります。だから、生活改善への療養指導が適正確実に励行されているかどうかは治療効果および予後の示標となる。したがって、治療はヘルス・ガイダンスと認識すべきであり、治療の第一歩すなわち早期発見・早期治療の Primary care の場合であっても、初期軽症の安易な治療処置だけであってはならない。
病因除去の生活改善に踏み切らせるモチベーションに始まる最も難しい病人に対する健康生活創造の処方の提示と、成功までの努力に対する援助が任務であり責任である。 早期に発見して、今は軽度であったとしても原因の存続のままで治療した場合、治療したからとて病気の再発は止められるものではなく、やがて重症に陥ることを認識させることは、われわれの受け持ちである齲蝕症、歯周疾患はその典型といえるために、治療の場にあっては病因除去の重要性を理解させて生活改善に踏み切らせることは容易ではないにしても、 さほど困難ではない。
それにひきかえ、分業して治療を受け持つ者以外の予防専門家が、治療の場以外の場での健常者に対してのいわゆる衛生教育は、予防についての注意、つまり原因の除去と個体の抵抗力を高めるための生活改善を、実行に移させるほどの効果を上げることはほとんど不可能である。 私は、初発予防あるいは早期発見・早期治療について、小児、学童、若い母親達に学校医として、また 、 保健所 口腔衛生係として予防を指導してきたのですが、彼らは予防の必要性を身をもって体験していない。
また一方では、悪くなれば保険で、無料で確実に治療してもらえ、予防は自費で、金をかけたうえに努力までして不確実と考えている。そのような人達に対して、口腔疾患予防に真剣に取り組んでもらうにはどうすればいいのか。そこでモチベーションについて考 え抜いたわけです。
その結果、昭和23年頃から歯垢の染め出し法・顕微鏡による歯 垢の認識という方法を採ってきました。 それが最高に効果のあった方法でしたが、それでも生活を改善させるほどの十分な効果はあがりにくい。一度わかったと思っただけでは長続きしない。
そこで、むし歯のために現在治療を求めているとき に、最も効果があがるこれらの方法をもってモチベー トしていこうと考えを変えたわけです。むし歯の痛みを訴える人に、2度とそのような苦しみを受けないで済むんだということをどう知らせるか。そしてそれを終生続けていくよう身につけさせるには自身の内からの強い欲求が必要で、それを育てるのには実感の伴う改善成果の感覚的認知のための回数段階、時間が必要条件となる。
編集部 そこで、 歯周疾患治療、 歯牙支 組織の健全化から・・・をこそ最初必須の処置として行うべきであることに目をつけられたわけですね。
片山 そうです。歯周組織の健全化、それはむし歯予防の場合と同じ、プラークのコントロール、病因の除去という患者自身で療養として行う、適正に指導された療養を励行することによって、日に日に良くなってゆく、視覚的、感覚的な改善効果は、生活改善と 疾病治療の関係 、ひいては再発予防 、初発予防の実行に自信をもたせることができる。この治療から予防への観念連合の成立が、未来のむし歯予防達成への自信を生み出すモチベーションとなる。この方法をあらゆる治療の前提条件として日常臨床に取り込ん でいく。
編集部 その具体的な方法としては・・・。
片山 H.M.ゴールドマンの提唱するInitial Preparation 必須初動生活改善準備処置(片山訳) としての諸方策、すなわち歯周疾患存在の認知と適正なブラッシング指導です。そしてそれが効果的に行えるように援助する処置です。ブラッシングによる局所の病因除去がどれほど歯周組織の健康化に効果があるものか、 またプラーク・コントロールの結果、回復過程のさわやかさを体得してもらうことで習慣として定 着し、 終生にわたる生活態度とする。また、むし歯治療の場合で、全く歯周疾患のみられないごくまれなケースでも歯垢の停滞場所とカリエス発生部位の相関を示し、効果的なブラッシングがいかに治療の成功に必要であるか、という理解を進め、結果的にはむし歯を予防するという運び方を考えたわけです。
予防には、外からの諸原因を退けることと、体に抵抗力をつけることの両面があるが、その一方の外襲病因の排除による合理的な日常生活態度の涵養における実際的効果が認められるようになったとしても、ブラッシングだけでは丈夫な歯と丈夫な歯肉をつくるためには十全ではない。
編集部 とすると、他の一方の抵抗力をつける健康増進の方法としては・・・。
片山 第一には食生活ということになる。ですから問題は、食生活全面の見直し・・・。ところがこれに、 個人の力だけではどうしようもない面がある。たとえば甘味食品・加工食品の氾濫、食品公害の問題などは、患者とともに、われわれが声を大きくすることによって一般の理解が進み 、社会的に改善していく方法をとることが是非必要だと思います。このように地域社会への働きかけということに進んでゆく。そこで Comprehensive medicine、Primary care の行われる場は、“個人からの盛り上がりが地域社会の場において”ということ、これが地域(社会)医療ということで、上から下への行事では全く根づかないと思います。
▷ ▷ Primary care の担い手 ◁ ◁
編集部 これまでのお話で、Comprehensive dentistry の背景やら問題点、それに具体的な内容について触れていただいたのですが、次に人の問題がありますね。たとえば、その担い手は GP であるといわれますが・・・。
片山 Primary care とは簡単にいえば、早期発見・ 早期治療であり、重症治療は専門家にということで す。したがって、その担い手はすべての疾病に通じている必要があるとともに、早期、軽症であっても、その最初にその病気を病人自身で適正にコントロール できるように善導する重大任務がある。そこで、医療の初期に病人に接する General practitioner(GP)の 重要性が見直されてきた。
編集部 GP も一つのスペシャリストであるということですね。
片山 ところが今いわれているPrimary care の担い手の GP は、医科での GP すなわち General physician なんですよ。これは歯科を含めない。では、歯科の場合はどうかというと、私は歯科の GP こそは、歯科を受け持つスペシャリストであると同時に、全科的にみた場合、非常に重要性のある GP であるべきであると長年提唱しているわけです。
編集部 医科の望む GP は、歯科の GP が担う。
片山 医科も歯科も含めた GP が真の GP でしょうし、それが理想だと思うんです。それが疾病パターンの変った現在、あるいは、今後の医療を進めるうえで必要となる。少なくとも生活改善の中で、最も重要な一つとしての食生活の改善については、老若男 女、あらゆる階層の人達が日常的に接する場である歯科臨床の場においては、歯科治療の目的の一つが 完全な咀嚼機能の回復にあるからには必然的に、だから無理なく普遍的に十全な食生活改善指導が行われてゆく。
また潜在的高血圧患者、糖尿病患者の発見などについても歯科臨床に必要な検査によって発見され、 治療の安全な進行のためにスペシャリストとしての内科医へ紹介され、歯科治療の完了までにコントロールが定着する。 このような運びのためには、一元論、二元論*の見直しも必要でしょうし、医学教育の再考もその意味を踏まえてこそ必要でしょうね。
(一元論、二元論 *:日本ではこれまで医学・歯学教育において、 二元的に発展してきた。私たち恒志会は、高齢社会、口腔と全身の密接な関連など新たな社会の流れにあって、歯科は原点に立ち返り、口腔医学として医学的基盤に立った学問体系を確立し、医学との関係を一元的に整理する必要があると考 えている。)
▷ ▷ 生活の変化、時代の要求 ◁ ◁
編集部 ここで先生ご自身の教育論を展開していただけませんか。
片山 社会が必要とするものは、必ず生まれてくる。 教育とその周辺について現在の歯科医学教育をみれ ば、貰ったもの、あてがわれたものを扱いかねてきたといえなくもないし、今こそ歯科がみずからの力で熟慮し、今までのその苦労を利用すべく断行するときがきていると思うんです。
どういうことかといいますと、歯科衛生上は GHQ の落し子といわれますが、歯科医師もそうだといえなくもないんです。歯科みずからが大学昇格に非常な努力をしたというよりは、昇格すべきだという GHQ の意向によって・・・、という点では同様でしょう。
敗戦までは社会一般は、文明病の正体が理解できず、歯科疾患は個々人の問題で、社会が、国家が考えるほどのものではなく、したがって医療者の養成も私学で、だから仕方なく専門学校程度でよろしいと考えていた。また、その背景基盤の一つに、当時の人口と年齢構成も重要とみるべきでしょう。
当時は平均寿命50歳、その間、その人の望む口腔の機能を保つことがわれわれの使命だった。そのためには、やむをえず医科と異なる勉強を必要とした。 一口でいえば、手づくり、一品づくりの人工臓器を生きた組 織にセットすることによって 、治癒とみなす 学術の勉強だったわけです。
それから戦時体制へ。生めよ、増やせよ、命は国家に捧げるもの、明日の命も召されるままで、歯の治療どころではなく敗戦。食う物もなく5年。他国の戦争が幸いして復興に邁進。その間に口腔衛生、つまり予防を主柱として大学昇格したはずの歯科も、荒れに荒れた口腔の復興、修復技術の勉強に邁進してきた。それで、50年間口腔を十分に機能させ得たのかを見直す反省の時期に・・・。
編集部 戦後の急激な社会生活の変化が要素として加わってくるのですね。
片山 神武以来の好景気が訪れ、食糧事情は一気にぜいたく食に転換すると同時に、加工食品、特にインスタント産業食品が氾濫、青少年の“蛋白質が足りないよ”のかけ声とともに、高蛋白、高カロリー、人工配合飼料的食餌が運動不足の体に過剰供給され、あたかもブロイラー的屠殺食肉、家畜飼育に似た状態が、あらゆる文明病とともに口腔疾患猖獗への温床をつくった。特に成人病の一種ともいえる歯周疾患、幼少期のそれも非常に早期の、しかもおびただしい数の歯牙疾患が現れてきた。これではやはり予防ということを考えなければならない。
編集部 社会的な要因を無視するわけにはいかなくなった・・・。
片山 現在では、国家経済の面から医療費が問題になっていることでもあり、われわれの目的は徹底的な早期発見・早期治療であるだけでなく、再発の予防の徹底、初発予防の実現であって、その方策はただ一つ、あらゆる治療の初期に、治療のためと口腔疾患予防のための生活改善、つまり文明病コントロールのための健康生活指導でありましょう。これは、国の施策として打ち出された“国民総健康づくり運動” の基盤ともなるものであることは公衆衛生誌8月号にも提言しておきました。
また今後、定期検診、早期治療の義務づけも制度化されることも考えられるでしょうし、それと同時に、われわれの治療内容は、誰が、いつ、どのような状態で、どのような処置をしたか知ることができるような状態になるのではないか。これは悪い夢物語ではなく、現在すでに保険者側の点検ということで現実に行われているし、これからもっと徹底されるかもしれない。
編集部 真面目に努力した者が報われる時代がくるというか、恐ろしい時代になるというか・・・。
(笑)それはともかく、そういう時代の欲求に応える医療は、歯科医学教育は、という問題設定が・・・。
片山 絶対に必要になりますね 。修復技術の根底になる医学的知識、自然科学的な面、ことに生物科学、物理科学方面といったものだけでなく、人と人との関係といいますか、より正確に人間を理解する素養が必要になります。人間行動に関わる諸科学、社会学、つまり人文科学、人間行動学、心理学の方面、それにヒトそのものについて、遺伝学、胎生学、分子生物学などについての理解、とにかく患者。その人間をとりまくすべての環境、特に今どのような食品をどのように食べているかから始まって、その人の 暮らしを十分理解し得て、empathic に指導できるような歯学教育が進められるのではないでしょうか。
それには、現在のような高校からすぐ歯科大学に入って歯学教育を受けるという形をやめることです。 4年制の大学を卒業した者が医科に入り、そこで歯学教育を受ける。それともう一つ、現在は国家試験を通れば一生安泰ということになっているが、免許更新というよりは、生涯教育、より高い医療者の資格づけなどいろいろ考えられますね。いろいろな段階の歯科医師があっていいし、そのほうが励みにもなるんじゃないか。まだまだ改善の必要ありですね。
▷ ▷ 医療形態の変化 ◁ ◁
編集部 最後に一言、お伺いしたいのですが、予防を進めると治療が少なくなる。それに、予防で時間がとられるため、治療がなおざりにされかねないという心配について。
片山 放置されているむし歯が何億本とある現在、 治療がなくなるなんてことはありません。そこで、どのように完全な治療をするのかということがポイントなんです。単に修復として、人工臓器をセットするのではなく、その個体自身が本当に丈夫になって、再発する環境をなくしていく治療です。
修復の治療技術がいくら発達したとて、発病原因を存続させた状態での修復治療ではナンセンスであるということ。 だからこそ病 因をなくする患者自身の生活改善の指導、ヘルス・ガイダンスを進めるための治療のあり方、進め方が文明病に対する Comprehensive medicine、Comprehensive dentistry であるということ。
編集部 新しいパターンの疾病に対処する目標をしっかりともて、ということでしょうか。
片山 そうですね。それと最後に申しあげておきたいことは、やはり健康とはなにか、病気とはなにか、歯のない人は病人なのか、悪くなった歯に、歯のなくなった口腔に技術をもって対応するだけが、歯科医師なのか。そうではなくて、その人の健康を回復し、 再発を防止する生活改善の指導を行い、社会生活に前向きに対処する意欲を高めていくことを助ける。つまり、延命に寄与するだけに医療の根本を据えるのではなく、健康な状態で延命させることに目標があるんだと。
編集部 それが最初に述べられました人口増加とか、科学見直しに対する医の側の答であるということでしょうか。
片山 はい。Comprehensive medicine とは、予防と治療の包括された医療であるが、現今言われる Primary care は、ここでいう予防も治療も、従来の概念の中では明確に打ち出されていなかった範囲を主として取り扱う点が、新たに医療形態の改変を必要とする所似だろうと思います。しからば、予防の概念の中で新たな範囲とはなにか。すなわち、人々の暮らしの中に個々人みずからが病因を排除するとともに、健康を管理、増進して、 抵抗あるいは順応する力を高める自主生活改善であ る。そして文明病治療については、病気の絶滅、治癒で はなく、コントロール、悪化再発の防止、共存を患者自身の生活の中に安定させ、社会生活に前向 きな意欲を生み出す真の健康の創造的指導という意味であろうと思います。 だからこそ医療のあり方は、この両面の同時的な解決を目標とした形に変らなければならない、ということであって、歯科ではそれらが最も古くから文明病とよくいわれたむし歯を対象としていたために、こと新しい間題ではなく、長い間このような対処の仕方に苦心してきたわけです。
然るに他科のどの部面で、病因除去を生活改善に結びつけ、医療者の任務・責任としてまでも、その適正な励行についての動機づけに苦心していたでしょうか。この点からみても、Comprehensive medicine あるいは Primary care については、歯科が最も多くの実績を誇りうるものと思います。
編集部 どうもありがとうございました。
(歯界展望:第54巻 第6号・昭和54年12月)
食生活と身体の退化
ー 歯科臨床を通しての健康作りのために ー
はじめに
私たちは健康でいるときは、病気のこと、病人のことなどをほとんど考えない。病気になると、 ある日突然に病気に取り憑かれたと思い、健康のありがたさを感じる。幸いに回復すれば、喉元すぎれば何とやらで、苦痛も悩みもやがて忘れ、同 時に健康のありがたさも感じなくなってしまう。 そうして、それが繰り返された時には、不治の大病を患う。
歯科疾患治療の現状
歯科疾患の主なものは、ムシ歯と歯槽膿漏(歯牙う蝕症と歯周疾患)で、ムシ歯はどのように治療しても元のようには戻らないし、歯槽膿漏も治療したからといってやせ細った顎の骨が若い頃と同じようにまで治癒することはない。治療はただ病状を食いとめ、人工の修復物を装置して噛めるようにし、また外貌を元に戻す、ということにすぎない。人工的に装置された修復補綴物は、使えば損耗する。そこでまた、やり直しとか修理が必要となる。このようにして老若男女の別なく、国民全員が一生の間、繰り返しこのような医療を受けている。そして、その費用は年々総医療費の約 1割、実は2割近く、2兆円ほども費やされ、数年後には倍増する、という予想がたびたび発表されている。
さほど難病でもない歯科疾患の治療について、今日ほど取り沙汰されたことはなかったであろう。歯科疾患はまさに国民病といえるほどの一般的病気で、また再々これに悩まされるということは、大方、誰もが体験から承知している。
子育て中の乳歯の治療、思春期の歯列不正矯正治療の問題、中高年齢層の歯周病(歯槽膿漏)治療の問題、老人の義歯の問題、どれもが診療拒否、 高額自己負担などの形で問題化しているだけでなく、案に相違しての短時日の破損、再発からの医療内容に対する疑問、不満が解消されず、訴訟問題にまで発展してきている。最近の新聞報道では、歯の治療が思わしくなく、子供にも同様な病気が 進んで家庭のトラブルと重なり、それを苦にして幼い子供2人を道連れに、若い主婦が心中を遂げたという事件が報道された。何故、はかばかしく良くならないのか、また再々次第に悪くなるのか、それも相当長期間の治療の結果、またその場所だけでなく、その近隣の歯が、歯ぐきが悪くなってくるのか。完全な治療、再発防止、予防が強く望まれている。
ムシ歯は、まず1歳で12%、2歳で47%、3歳 で87%の子どもに乳歯う蝕として発症、年々増加しているが、全身麻酔のもとでも、完全治療、再発防止は望めない。
開業臨床の現状では疾病の増加に対応できず、 治療処置はできるだけ短時問に済まされ、人間関 係は没却され極端に損われている。国民こぞって歯科医の急増を望んでいる。このような現状の中で乳歯の健康は、歯の一生の中で最も重要でありながら、その治療は痛み止めだけで放置されている。
予防は、躾(しつけ)でするしかない。しかし、 多くの若い母親は、躾ける努力を続けられるほど に乳歯の健康の重要さに理解をもたず、健康生活についての他の躾、排便、入浴、洗顔、着替えなどに比べほとんど行なわれていない。そのうえ治療の場での予防についての話し合いには、たとえ経済の問題を度外視して努力してみたとしても、 待ちどおしい多くの患者からは無用のことと排斥されさえもする。
しかし、開業臨床の場での出会いは、治療の場としてだけではなく、再発防止、予防について理解を深め、実際活動を身につける唯一の場であるととらえることも、必要ではなかろうか。まさに、場違いとまで考えられている臨床の場での、予防についてのあらゆる計らいには、この治療の際に、 このたびの治療こそが最良の結果を、そして再び 繰り返すことのないように、と願望しているこの 治療の機会に、それに答えるにはどうすればよいのかについても知ることができるとしたら、これ に勝る場のあるはずはない。
一方、歯科医の側からみても短期間の破損と再発は、理由のいかんにかかわらず、欠陥治療、予防注意の不足、任務怠慢と決めつけ られる最も忌まわしいケースである。だから、歯科においては再発予防の問題は、両者にとってまさに共同の重要関心事である。 だから、歯科においては再発予防の問題は、両者にとってまさに共同の重要関心事である。だが、現実には時間、人手の不足の問題 が熱厚い壁として立ちはだかっている。
治療のための局所的病因の制御 ― プラークコントロール ―
予防は、病因の制御と免疫抵抗力の強化によって達成される。口腔疾患の病因は歯垢(デンタル・プラーク)の異常成熟と停滞のための細菌汚染であり、身体の退化による免疫抵抗力の減弱である。
濃厚・強力な病因の存在のままでの治療処置の成績は不良で、口腔汚染のまま、体力低下のままの治療は、効果不良であるばかりでなく、再発必至であるため無益で無駄であることなど、強い動機のある今、ここでどうにかして、完全に理解してもらえる方法はないか。それは時間のかかるお説教ではなく、自分の今がまさしくその通りであることを、気づかせることにあるのではなかろう か。
筆者は昭和23年、保健所法改正と同時に、保健所口腔衛生係として、来所妊産婦に対する口腔術生指導の方法を模索して悩み、ほんの僅かの割り当て時間の中で、本人の口腔から採取した歯垢を単染色、懸滴、暗視野の方法でその内容が生菌叢であることを認知させ、歯垢を染色顕示することによって、その停滞の量と範囲を確認させる方法を考え、実行してきた。
その後、これらの方法を一層改良し、約10年前から位相差顕微鏡にテレビカメラを接続し、モニ ターする改良方法で時間を短縮し確実に認知できる方法として、現在用いている。これによって、 情緒的・感動的に与え得た認知、認識は、病因除去の適正な療養行動への強力なバネとなる。
患者の治療参加意識が家庭生活での健康作りとして定着する
局所病因の除去、すなわち歯垢(デンタル・プラーク)の制御を適正に励行できる方法を解答することから始まる病因除去(プラーク・コントロール)の指導は、適正な方法、技術の指導だけではなく、病因除去が患者自身の役割で、それによって自分も治療へ分担参加すると認識させ、治療効果の責任を共有することを理解させる方法ともなる。
治療に最も役立つ病因の除去は、患者自身が適 正な方法を確実に励行することによってのみ遂行される。したがって、望まれる効果的な治療は、 患者と治療者、両者の努力と協力を必要とすることの理解、言いかえると、患者自身の原因除去についての役割が果たされるのでなければ、治療は 片手落ちの不十分な結果となることについての理解が、療養の励行を動機づけ、健康指導の第一歩として始められる。治療の効果を高め、その良好な結果を長く存続させ、再発を防止させるための最初から最後まで、患者自身によって病因の除去が徹底的に行なわれる。
そのような歯科治療方式は、決してお説教による知識、理解の力によって続けられ、成功するものではなく、ただ患者自身が情緒的感動などによる動機からの行動、その効果としての回復感を体得し、健康への爽快感の確認によって支えられ、励まされ、続けられることによってのみ成功するもので、最後まで患者自身の続けた療養の方法と治療参加、役割分担の意識は習慣として定着し、治療後も長く養生法、再発 予防法、健康法として、その人だけではなく家庭の新しい健康作り生活様式として家庭生活に組み入れられてゆく。
しかし、この局所病因の除去は、適正なブラッシングなどの確実な励行によって、初めて成し遂げられるものであるため、便利さ、安易さを求めるわれわれの現代生活、特に病気の苦しみも健康の有難さも感じない元気なときには、文明に逆行するような複雑で困難な苦行とさえ考えられる。
回復と再発防止に強い願望をもつ治療の場においてさえも、十分な期間と再指導を通じて実感、 体得を基礎に習慣にまで定着するのを見定めなければならない。それでもなお、この局所的な病因の除去だけでは、全身的免疫抵抗力を高めることにつながらないため、歯と歯肉を芯から丈夫にすることはできない。局所の抵抗力を回復させ強化するには十分でないため、努力の効果がはっきり と体得できない場合もあって、またしても不十分な状態に立ち戻る場合がしばしばである。
病因の歯垢除去のむずかしさは、歯垢の性状、食物の性状によっても左右される。口腔常住細菌が蔗糖を利用し、非常に粘着度の高い細菌叢を形づくることから、蔗糖摂取の制限は口腔清掃を容易にまた簡単化する方法でもある。
また食生活が、粘着度の高い軟食に過ぎる高温な食事である場合は、歯垢の停滞は非常に顕著であるのに反し、粗で硬く、体温に等しい清浄新鮮な野菜の生食などであるならば、咀嚼により、また口中での食物の流れが、歯表面の細菌叢を削り落とす作用をするために、口腔清掃は非常に簡単で済むことになる。
治療のための全身的病因の制御 ー ダイエットコントロール ー
食事の内容成分が、歯および歯周組織の抵抗力に関係することは、胎生期あるいは生歯期だけにとどまらず、成人後もなお強く関係していることについても、多くの業績が明らかにしている。 真の健康を回復し増進してこそ、局所病因の除去と相まって治療効果を高め、再発を予防することもできるという観点に立てば、進んで食生活改善を計らなければならない。 もともと歯科患者のほとんどは、咀嚼不全から不本意な偏食状態にある。気持よく食べられるように、何でも平気で噛めるように治したい望みは強い。だがそれは、食習慣の見直し改善に向かっての動機とはならない。
食生活改善への動機づけ
痛みを除き、一時的ではあっても機能を(暫間義歯などによって)回復させる救急処置を行ないながら、同時的にできるだけ治療の早期に、口腔局所の病因を理解させ、患者自身で排除する努力を援助すると同特に、全身的抵抗力減弱と治療効果の関係、歯や歯肉が弱く、病気にかかりやすい体になる原因、それらがともに食物に関係することの理解を深め、食事改善に導き、具体的方策を示し実行に移らせる。これらの療養の重要性は、 他科においてイニシャルセラピーとして安静を命じ、広く輸液法が用いられているのと同様であるが、歯科臨床の実際では簡単なことではない。
食事指導は、短時日の目覚ましい効果によって励まされることは期待できないし、その実行度を検証することも難しい。したがって、プラークコントロールの指導より一層困難である。その動機づけの方法としては、権威ある本からの抜粋、コピーなどを教材とするしかないが、永らく適当なものがみつからなかった。
数年前からやっと全訳自費出版にこぎつけた W.A.プライスの『食生活と身体の退化』ほどに、 適切で有効な図書はなかった。
W.A.プライス著『食生活と身体の退化』
W.A.プライスは、多くの研究業績、著書を残しているが、予防にはどうしても健康を積極的に導き出す方策を見つけ出さねばならない。プライスは、そのためには現に健康な人たち、部族、種族を探し出し、それらのよって来たる諸条件、特に食生活を調べることと、それら諸部族が近代文明に接し文明食を摂るようになると、どのように弱体化、悪化した状態になるかを調べることこそが適切な方法と考え、つまり、予防には適正な食習慣の確立が不可欠であるとして、正しい食習慣の在り方を探究するための前人未踏の人類学的なフィールドワークを行ない、北極圏、アフリカ大陸、南・北アメリカなど世界各地の14の未開種族の食習慣について口腔の実態を記録しつつ、各種族の生活実態をドキュメントしながら診査を行なった。
23万キロの調査旅行での間、収集・整理された 3千枚の写真、あるいはまた、高栄養人工配合飼料による家畜の実験による同様な変化、あるいは人に見られない恐ろしい奇形などについて述べて いる。またさらに、それらの奇形、変形は遺伝ではないこと、つまり、そのような奇形の家畜を元の自然正常な飼料に戻した場合、すべて正常な仔が生まれるということ、また食品のどのような要 素によるものかも調べている。この膨大なフィー ルドワークと実験から引き出された結論は、食習慣、食餌内容が、歯科に関しては、歯と歯列を悪くする主因であるということであって、弱くできた歯や不正に形づくられた顎形、歯列弓を身体の退化、劣悪化の指標ととらえ、これらは遺伝でもなく完全に予防し得ることを力説している。「どのような健全な部族も現代文明食の影響を受けた とたんに、たちまち純血の同一部族内において顔の骨格と歯列弓に変化が起ることによって、かねがねが『遺伝的』と解釈していた変化、ないし劣悪化は、遺伝が『干渉により混乱せしめられた』 結果であることを白日のもとに引き出した」という当時の『ボストン科学年報』評のごとく、また 歯科界では『米国歯科医師会誌』に「公にされた 歯科文献の最も卓越した書物の一つ、歯科医たるものすべての必読書」とまで称賛されている。
真の“健康作り”の基本となる食生活の見直し、 改善への動機づけの媒体として取り上げるには、 全くうってつけの書であるが、540ページの大著であり、一気に通読することは患者にとっては容 易とは言えない。しかし今、その人に最も適切と思われる数ページを指定して読んでもらうよう貸し出す方法で、156葉の現場集録の説明写真、実 験結果グラフなどを一瞥するだけでも、その大意を感動的に伝えられ、時間もかからず、人手も取らず感銘を与えることができ、したがって食生活改善の具体的問題もおのずと次第に解決される。
このような患者の生活の中にある疾病原因を、治療の基本的原因除去療法→患者の療養とし、治療参加の意識の中で完全治療の共同責任として、分担努力する治療の体制は、歯科疾患治療の中でも、特に成人期の歯周疾患早期治療、再発防止に最も必要不可欠とされている治療体制である。
歯周疾患は歯肉炎から始まり、歯槽膿漏による歯牙の脱落に終わる、非常に長期にわたる慢性進行性の疾患であって、わが国成人の90%以上が罹患している疾患である。歯肉炎は、思春期の頃に最も顕著に発現してから、次第に悪化する。したがって、乳幼児を除く歯科治療のあらゆる時期に、 この治療体制に入ることが必要であって、一般に 広く理解され行なわれてきている。
また、局所麻酔による無痛治療中の事故防止のために行なわれている血圧測定、尿検査は、多くの無自覚の高血圧、糖尿病患者を発見し、内科治療とともに、歯科疾患治療の療養として局所原因の歯垢制御(プラークコントロール)と並行して、全身的病因の食事制御(ダイエットコントロール)、すなわち食品の配分、噛む回数を正すことによる摂取量の制限を土体にした食習慣の改善は、役割分担治療参加の自覚によって中断されることなく実行されている。この状況については、アメリカにおいても現今、一般に定着したと、タフツ大学長 J.メイヤー氏によって、1977年2月『ジャパン・タイムス・ウィークリー』で報道されているように、歯科治療のためにという理由で多くの無自覚患者が発見され、コントロールの中断もなく、習慣として定着、各科の信頼と称賛を得ているという記事からも、うかがえる通りである。
このような歯科治療の際に行なう原因除去の指導は、療養として励行され、その効果が明瞭かつ爽快に健康に向かう実感として自覚、体得されて自信を生み、つぎつぎの課題に対しての跳躍台に育ち、自分に向けての自分だけの役割が果たされてゆく。そのような新しい生活態度は、治療の期間だけでなく、その後の生涯の生活に予防的生活 として、食習慣は改善され、健康作りに結実し、 結果として再発は防止され、あらゆる疾病の初発は予防される。
このような治療方式こそ、健康作り運動の真の意味とその進め方を体得した、家庭内外の指導者の養成方式ともいえる。
また、各科診療の基礎診療科としての、歯科、口腔、咀嚼科? のあり方が位置づけられ、このような治療方式によって初めて治療の順調な進展と満足な終了、再発のない良好な結果の永続が得られ、その結果として主治医は、上手、名医と称賛、信頼で大きく報いられる。
いまやこのような新しい予防と治療の合体、全人的ともいうべき総合的生科医療体制は、次第に広がりつつある。
一方、このような治療体制を理解するための、 社会の現状を踏まえた医療理念、生のエコロジー・社会性・技術の位置づけなどについての研修が、実例による治療、指導の進め方とその効果についての発表提示とともに、広く望まれていることも現状である。
本年5月、政令改正により健康作り指導要員の意味をも含め、保健所歯科医、歯科衛生士の増員配置が示された。やがて新しい要員に対して執務要領講習が行なわれるであろうが、是非以上に述べたような歯科医療を理解、援助、推進できる講習であることを希望すると同時に、一般にも是非公開し、心ある臨床家に道を開いて自費受講させ、保健所活動と連帯の絆を作るべきであることを提 案したい。
おわりに
無病息災はたしかにありがたい。しかし、それは本当にありがたい。 たいしたことのない病気で気をつけてさえいれば、そのままか、少しずつよくなる病気とともどもの暮らし、そのうちに自分の医学を知ることができ、健康作り運動を人々と進める暮らし。
「口腔の健康」を健康すべての指標ととらえ、 すべて十分に噛みしめながら、取り入れる暮らし、そのような、せめて一病息災で過ごしたい。
公衆衛生 Vol. 43 No8 1979年8月
片山恒夫の言葉
平成12年9月 (90歳)
患者自身が、その病因を自らの生活の中から見つけ出し、意識・知識を備えた自らの行動としてやり遂げて治していくように仕向ける事、すなわち、患者自身が自分で努力して治すことが出来たと感得する状況を作り出す事が必要である。
患者はそれまでの来し方を省みて、自分の行動で自分の意思で自分の努力でやり遂げた、つまり「自分はやれば出来る・・・」。
自分の悪習慣を見つけ出し、自分で自分の悪習慣を変え、自分の努力で完全に治したという、その自負を他の病気に向けてやっていく。そして健康の本当のあり方、知識と意思、そして行動。
その結果、精神的および社会的健康をも含んだ自分の健康を保っていけるのではありますまいか。
2016 vol.11
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